る。
彼の直覚は狐疑《こぎ》しなかった。前後の事情、二、三の時日、コゼットが時おり顔を赤らめたり青くなったりしたこと、それらを彼はつなぎ合わして自ら言った、「あの男だ。」絶望の推定力は、決して的をはずさぬ魔法の弓にも等しい。彼は最初の推察よりして、既にマリユスを射とめていた。その名前は知らなかったが、その男を直ちに見いだした。彼は自分の動かし難い記憶の奥に、リュクサンブールのあの見知らぬ徘徊者《はいかいしゃ》を、恋を漁《あさ》るあのみじめなる男を、あの小説的な怠惰者、愚物、卑劣漢を、はっきりと認めた。愛情深い父親を傍《そば》に伴ってる娘のもとにきて秋波を送るということは、一つの卑劣なる行ないではないか。
再生したる彼、自分の魂のためあれほど多くの努力をなした彼、ジャン・ヴァルジャンは、事件の底にあの青年が潜んでいることを十分に見て取った後に、自分の内部をのぞいてみて、そこに一つの妖怪すなわち憎悪《ぞうお》を認めた。
大なる悲しみのうちには重圧がある。それは人を生存に対して落胆させる。かかる悲しみに入り込まれた人は、何かが自分から抜け落ちるのを感ずる。それは、青春のおりにあっては
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