Xは尋ねた。彼は心の底の最も苦しい悲しい奥で、父から遺言されたテナルディエ一家の者に対する義務のことを考えていたのである。「弟というのはどの男だ?」
「あの子供よ。」
「歌を歌ってるあの子供?」
「ええ。」
 マリユスは身を動かした。
「ああ行ってはいや!」と彼女は言った、「もうあたし長くもたないから。」
 彼女はほとんど半身を起こしていた。しかしその声はごく低くて、吃逆《しゃくり》に途切れていた。間を置いては時々、死にぎわのあえぎが口をきくのを妨げた。彼女はできるだけ近く自分の顔をマリユスの顔に寄せていた。そして異様な表情をして言い添えた。
「聞いて下さいな、あたしあなたをだますのはきらいだから。ポケットの中に、あなたあての手紙を持ってるのよ。昨日《きのう》からよ。郵便箱に入れてくれと頼まれたのを、取って置いたのよ。あなたに届くのがいやだったから。だけど、あとでまた会う時、あなたから怒《おこ》られるかも知れないと思ったの。また会えるのね。あの世で。手紙を取って下さいな。」
 彼女は穴のあいた手で、痙攣《けいれん》的にマリユスの手をつかんだ。もう痛みをも感じていないらしかった。そしてマ
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