モ》はとやかく店を続けていた。料理は悪くなってとても食えないほどになり、もとから悪かった酒はなおひどいものになった。それでもクールフェーラックとその仲間は、なおコラント亭から足を絶たなかった。「お慈悲に行ってやるんだ、」とボシュエは言っていた。
 寡婦のユシュルーは、息切れがし、ぶかっこうで、田舎《いなか》の思い出話をいつも持ち出した。そしてその変な言葉で彼らの退屈をいくらかまぎらしてやった。彼女には田舎の陽気な思い出話に味を添える独特な言葉使いがあった。「山※[#「木+査」、第3水準1−85−84]《さんざし》の中に駒鳥《こまどり》の鳴く」のを聞くのが昔は一番楽しみだったと、彼女はよく言っていた。
「レストーラン」になってる二階の広間は、大きな長めの室《へや》で、いろんな種類の腰掛けや椅子《いす》やテーブルやまた跛《びっこ》の古い球突台が一つ据えてあった。螺旋形《らせんけい》の階段を下から上ってゆくと、室の片すみにある船の甲板の出入り口のような四角な穴に出るのだった。
 その室は、ただ一つの狭い窓から明りが取られ、いつもランプが一つともされていて、ちょうど屋根裏みたいだった。四本足の
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