刻Iわり])
 かくて亭主のユシュルーは、フランス語をよく知らないがかえってラテン語を知っていたわけで、料理場から哲学を引き出し、また単に四旬節の肉食禁制を廃しようとしながらホラチウスに匹敵するに至ったのである。そして特におもしろいことには、右の文句はまた「わが酒場にこられよ」という意味を含んでいたのである。
 しかしそれらのものは、今日ではもう跡を留めていない。モンデトゥール小路は、一八四七年には既に大きく横腹を裂き割られたが、現在ではおそらくなくなってしまっているかも知れない。シャンヴルリー街とコラント亭も、ランブュトー街の舗石《しきいし》の下に没してしまっている。
 前に言ったとおりコラント亭は、クールフェーラックやその仲間の者らの集会所、というのが変なら少なくとも出入り所の一つだった。コラント亭を発見したのはグランテールだった。彼はそこに各時間を享楽せよ[#「各時間を享楽せよ」に傍点]のためにはいってゆき、鯉の肉料理[#「鯉の肉料理」に傍点]のために足を重ねた。人々はそこで、酒を飲み、料理を食い、大騒ぎをし、わずかの金を払い、払いをため、あるいは少しも払わなかった。しかしいつも
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