sろうだん》することがある。その時全部が崛起《くっき》し、権利回復の必要上武器を取るに至る。集団の大権に属するあらゆる問題において、一部に対する全部の宣戦は反乱であり、全部に対する一部の攻撃は暴動である。テュイルリー宮殿が王を入れているかあるいは国約議会を入れているかに従って、その宮殿を攻撃することがあるいは正となりあるいは不正となる。群集に向けられる砲門も、八月十日([#ここから割り注]一七九二年[#ここで割り注終わり])には不正となり、共和|檣月《しょうげつ》十四日([#ここから割り注]一七九五年十月五日[#ここで割り注終わり])には正当となる。外観は同じでも根底は異なる。傭兵らは誤れるものを防護し、ボナパルトは正当なるものを防護した。普通選挙がその自由と主権とをもってなしたところのものは、街頭の群集によってくつがえされることはない。まったく文化に関する事柄においても同様である。群集の本能は、昨日は清澄であっても明日は混濁することがある。同じ憤激も、テレーに対しては合理でありテュルゴーに対しては不合理である([#ここから割り注]訳者注 前者はルイ十五世の大蔵卿にして不正政略を行ない
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