ノディオゲネス・ラエルチオスの著書一冊、これは一六四四年にリオンで印刷されたもので、中には、ヴァチカンにある十三世紀物の第四一一の写本の有名な異文が掲げてあり、またヴェニスにある第三九三と第三九四との両写本の異文も掲げてあって、アンリ・エスティエンヌのみごとな校合の結果でき上がったものであり、それからまた、ナポリの図書館にある十二世紀物の有名な写本の中にしかないドリア語の全文もついている。かくてマブーフ氏はもう決して室《へや》に火をたかず、また蝋燭《ろうそく》を使わないようにと明るいうちから寝床にはいった。親しい者もなくなったかのようで、外出すればいつも人に避けられた。彼自身もそれに気づいていた。子供の難渋は母の心を動かし、若い男の難渋は若い娘の心を動かすが、老人の難渋はだれからも顧みられないものである。それはあらゆる困苦のうちでも最も冷たいものである。けれどもマブーフ老人は、子供のような清朗さをまったく失ってはいなかった。自分の蔵書を見る時には、眸《ひとみ》に多少の元気が現われ、世にただ一部きりないディオゲネス[#「ディオゲネス」に傍点]・ラエルチオス[#「ラエルチオス」に傍点]をな
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