A「なに、帰ってきはすまい!」彼はそのはげた頭を胸にたれ、痛ましい激昂《げっこう》した目つきを炉の灰の上にぼんやり定めていた。
 そういう夢想の最中に、老僕のバスクがはいってきて、そして尋ねた。
「旦那様《だんなさま》、マリユス様をお通し申してよろしゅうございましょうか。」
 老人はまっさおになって身を起こした。電流のために起《た》たされた死骸《しがい》のようだった。全身の血は心臓に流れ込んでしまった。彼は口ごもった。
「何のマリユス様だ?」
「存じません。」とバスクは主人の様子に驚き恐れて答えた。「私がお会いしたのではございません。ニコレットが私の所へきて申しました、若い方がみえています、マリユス様と申し上げて下さいと。」
 ジルノルマン老人は低い声でつぶやいた。
「お通し。」
 そして彼は同じ態度のままで、頭を振り動かしながら扉《とびら》を見つめていた。扉は開いた。ひとりの青年がはいってきた。マリユスであった。
 マリユスははいれと言われるのを待つかのように、扉の所に立ち止まった。
 彼の見すぼらしい服装は、蝋燭《ろうそく》の笠《かさ》が投げてる影の中でよく見えなかった。ただその落
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