梠ォした。それで、あのゴルボー屋敷の夜のでき事、テナルディエ一家のこと、腕の火傷《やけど》のこと、彼女の父親がとった不思議な態度や怪しい逃走のことなどを、彼女に語ろうとも思わなかった。マリユスは一時それらのことを忘れてしまっていた。夕になると、その朝何をしたか、どこで朝食をすましたか、だれに話しかけられたか、少しも覚えていなかった。耳には楽しい歌声が聞こえて、他のことはいっさいわからなくなり、ただコゼットに会ってる時だけしか生きていないがようだった。コゼットとともにいる時、彼はまったく天のうちにいたので、自然に地上のことは忘れてしまった。彼らはふたりとも、この世を離れた快楽の名状し難い重荷をなよなよしくになっていた。世に恋人と呼ばれる夢遊病者らはかくのごとくして日を過ごすものである。
ああだれかかかることを経験しなかったものがあろうか。なぜにかかる蒼空《あおぞら》から外に出る時が来るのであろうか。なぜに生命はその後にも続いてゆくのであろうか。
愛はほとんど思索を追い出すものである。愛は他のすべてをまったく忘却させるものである。情熱に論理を求めてみるがいい。天体の運行のうちに完全な幾
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