Aローマ、などの巨船が沈みゆくのを見ては、我々は自ら一種の戦慄《せんりつ》を禁じ得ない。けれども、そこには暗黒があるが、ここには光明がある。我々は古代諸文明の病気を知らないが、現代文明の疾患を知っている。我々はこの文明の随所を光に照らしてながむるの権利を有している。我々はその美点を観賞し、その醜点を裸にする。苦痛があるところには消息子《さぐり》を入れる。そして一度病苦が明らかになれば、その原因を研究するうちについに薬剤が発見さるる。二十世紀間の長い年月に作られたわが文明は、その怪物であり又その奇跡である。救うに価するものである。ついには救われるであろう。これを支持するは既に大なる業《わざ》であり、これに光明を与うるは更に大なる業である。現代の社会哲学のあらゆる努力は、皆この目的に集中されなければならない。今日の思想家は一つの大なる義務を持っている、すなわち文明の健康を診察することである。
くり返していう。この診察は人の勇気を鞭撻《べんたつ》するものである。そして、本書の悲痛な一編の劇にはさんだいかめしい幕間物たるこれらの数ページを、我々はこの鞭撻の力説によって終えたいと思う。社会の定
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