A一つの深淵《しんえん》の、もしくは一つの社会の深さを測らんとするに際して、余り深くへ下ってはいけない、どん底に達してはいけない、などという理由がどこにあろう。否そうすることこそ、時によっては勇敢な行為であり、少なくとも他意ない有益な行為であり、甘受され遂行された義務に相当する同情的注意をひくべきものと我々は常に考えていたのである。すべてを掘り返してはいけない、すべてを調べ上げてはいけない、中途に足を止めなければいけない、などという理由がどこにあるか? 中途に止まるか否かは錘《おもり》に関することであって、錘を投ぐる者のあずかり知るところではない。
確かに、社会組織のどん底に、地面がつき泥濘《でいねい》が始まる所に、探索の歩を進め、濃い暗雲のうちをかき回して、明るみに出せば泥《どろ》のしたたるこの賤《いや》しい特殊語を、泥濘と暗黒との怪物の不潔な鱗《うろこ》のように見えるこのきたない単語を、追い回し引きとらえて生きたまま地上に投げ出すことは、おもしろい仕事でもなくまたたやすい仕事でもない。隠語の恐るべき群れを、その赤裸のままに観察し、思想の光に照らして観察することは、最も沈痛な仕事で
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