フ古本好きな老教会理事の平素が、いかにも平和で臆病以上とも言えるほどであるのを知っていたので、今この騒擾《そうじょう》の最中に、騎兵の襲撃からいくらもへだたらない所で、ほとんど銃火の中で、雨の降るのに帽子もかぶらず、銃弾の間をうろついてるその姿を見て、彼は非常に驚き、そばに寄っていった。そしてこの二十五歳の暴徒と八十歳を越えた老人との間に、次の対話がかわされた。
「マブーフさん、家へお帰りなさい。」
「なぜ?」
「騒ぎが起こりかかっています。」
「それは結構だ。」
「サーベルを振り回したり、鉄砲を打ったりするんですよ、マブーフさん。」
「結構だね。」
「大砲も打つんですよ。」
「結構だ。いったいお前さんたちはどこへ行くのかな。」
「政府を打ち倒しに行くんです。」
「それは結構だ。」
 そして老人は彼らのあとについていった。それ以後、彼はもう一言も口をきかなかった。彼の足取りはにわかにしっかりとなった。労働者らが腕を貸そうとしたが、彼は頭を振って拒んだ。そしてほとんど縦列のまっさきに進んで、行進してる者の身振りと眠ってる者の顔つきとを同時に示していた。
「何という激しい爺《じい》さんだろう!」と学生らはささやいた。昔の国約議会員のひとりだ、昔国王を殺した者のひとりだ、という噂《うわさ》が群集の中に伝わった。
 かくて一群の者らはヴェールリー街から進んだ。少年ガヴローシュは先頭に立って大声に歌を歌いながら、一種のラッパとなっていた。彼は歌った。

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向こうをごらん月は出る、
いつ私らは森に行く?
シャルロットにシャルロは尋ねぬ。

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シャトーには
トー、トー、トー。
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私が持つは、ひとりの神様、ひとりの王様、一文銭に片々靴《かたかたぐつ》。

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じゃこう草やら露の玉
朝早くから飲んだので、
二匹の雀《すずめ》は御酩酊《ごめいてい》。

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パッシーには
ジー、ジー、ジー。
[#ここから2字下げ]
私が持つは、ひとりの神様、ひとりの王様、一文銭に片々靴。

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てうまのような二匹の狼《おおかみ》
かわいそうにも酔っ払い、
穴の中では虎《とら》がごきげん。

[#ここから6字下げ]
ムードンには
ドン、ドン、ドン。
[#ここから2字下げ]
私が持つは、ひとりの神様、ひとりの王様、一文銭に片々靴《かたかたぐつ》。

[#ここから4字下げ]
ひとりは悪態《あくたい》、ひとりは雑言《ぞうごん》。
いつ私らは森に行く?
シャルロットにシャルロは尋ねぬ。

[#ここから6字下げ]
パンタンには
タン、タン、タン。
[#ここから2字下げ]
私が持つは、ひとりの神様、ひとりの王様、一文銭に片々靴。
[#ここで字下げ終わり]

 彼らはサン・メーリーの方へ進んでいった。

     六 新加入者

 一隊の群れは刻一刻に大きくなっていった。ビエット街のあたりで、半白の髪をした背の高い男が彼らに加わった。クールフェーラックとアンジョーラとコンブフェールとは、そのきつい勇敢な顔つきに気を止めたが、だれも彼に見覚えはなかった。ガヴローシュは歌を歌い、口笛を鳴らし、しゃべり散らし、先頭に立ち、撃鉄の取れたピストルの柄で店々の雨戸をたたいていて、その男には注意を向けなかった。
 ヴェールリー街で彼らはたまたまクールフェーラックの家の前を通りかかった。
「ちょうどいい、」とクールフェーラックは言った、「僕は金入れを忘れてるし、帽子をなくしてる。」
 彼は群れを離れて、大急ぎで自分の室《へや》に上がっていった。そして古帽子と金入れとを取り、またよごれたシャツの中に隠しておいた大鞄《おおかばん》ほどのかなり大きい四角な箱を取り上げた。走っておりて来ると、門番の女が彼を呼びかけた。
「ド・クールフェーラックさん!」
「お前の名は何というんだ?」とクールフェーラックは答え返した。
 門番の女はあっけにとられた。
「知ってるじゃありませんか。門番ですよ、ヴーヴァンですよ。」
「よろしい、お前が僕のことをまだド・クールフェーラックさんというなら、僕はお前をド・ヴーヴァンお上さんと呼んでやる([#ここから割り注]訳者注 ドは貴族の名前についている分詞[#ここで割り注終わり])。ところで、何か用か、何だ?」
「あなたに会いたいという人がきています。」
「だれだ?」
「知りません。」
「どこにいる?」
「私の室です。」
「めんどうだ!」とクールフェーラックは言った。
「でも一時間の上もあなたの帰りを待っているんですよ。」と門番の女は言った。
 それと同時に、ひとりの若い者が門番小屋から出てきた。労働者らしい様子をし、やせて、色青く、小柄で、顔には雀斑《そ
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