Cーはサーベルを抜いて、先頭に立ちながら叫んでいた、「ポーランド万歳!」
 彼らは襟飾《えりかざ》りもなく、帽子もかぶらず、息を切らし、雨にぬれ、目を光らし、モルラン河岸からやってきた。ガヴローシュは平気で彼らに加わった。
「どこへ行くかな?」
「いっしょにこい。」とクールフェーラックは言った。
 フイイーのあとにはバオレルが進んでいた、というよりむしろ、暴動の水の中を泳ぐ魚のようにおどり上がっていた。彼は緋《ひ》のチョッキを着て、すべてを打ち砕くような言葉を発していた。そのチョッキにひとりの通行人は驚いて、我を忘れて叫んだ。
「やあ赤党!」
「赤だ、赤党だ!」とバオレルは答え返した。「こわがるとはおかしな市民だな。俺《おれ》は赤い美人草なんかの前に震え上がりはしない。ちっちゃな赤帽子なんか少しもこわくはない。おい、俺を信じろ、赤の恐怖なんか角《つの》のある動物にでもやってしまえ。」
 彼は壁の片すみに、世に最も平和な一枚の紙がはってあるのに目を止めた。それは鶏卵を食べていいという許可書であり、パリーの大司教から「羊の群れ」に対して発せられた四旬節の教書であった。
 バオレルは叫んだ。
「羊の群れというのは鵞鳥《がちょう》の群れというのをていねいに言った言葉だ。」([#ここから割り注]訳者注 羊の群れは信徒のことで鵞鳥の群れは愚衆の意味、そして、仏語では、ouailles ; o. es と両者の字が似ている[#ここで割り注終わり])
 そして彼は壁からその教書をはぎ取った。そのことはガヴローシュを感心さした。ガヴローシュはその時からバオレルを学びはじめた。
「バオレル、」とアンジョーラは言った、「それはよくない。その教書はそのままにしとく方がいい。僕らはそんなものに用はないんだ。君は憤慨をむだに費やしてる。弾薬は大事に取っておかなくちゃいけない。魂の弾《たま》も、銃の弾も、戦列以外では費やさないことだ。」
「だれにでも自分のやり方というのがあるさ、アンジョーラ。」とバオレルは返答した。「司教のこの文句は僕の気に入らない。僕は鶏卵を食うのを人から許してもらいたくない。君は冷ややかに燃えてるが、僕は愉快なんだ。それに僕は何もむだをしてるんではない。元気をつけてるだけだ。この教書を引き裂くのも、ヘルクル([#ここから割り注]畜生[#ここで割り注終わり])、まず食欲をつけるためだ。」
 このヘルクルという語([#ここから割り注]訳者注 Hercle 即ちヘラクレス神の名の一種のつづり[#ここで割り注終わり])はガヴローシュの注意をひいた。彼はあらゆる機会に物を知ろうとしていたし、またこの掲示破棄者に尊敬の念をいだいていた。彼は尋ねた。
「ヘルクル[#「ヘルクル」に傍点]って何のことですか。」
 バオレルは答えた。
「それはラテンで畜生ってことだ。」
 その時バオレルは、黒い髯《ひげ》のある色の青いひとりの青年が彼らの通るのをながめてるのを、ある家の窓に認めた。おそらくABCの友の仲間であったろう。彼はそれに叫んだ。
「早く、弾薬だ! パラ・ベロム([#ここから割り注]戦の用意をしろ[#ここで割り注終わり])。」
「ベロンム([#ここから割り注]好男子[#ここで割り注終わり])! なるほどそうだ。」とガヴローシュは言った。彼は今ではラテン語を了解してるわけである。
 騒々しい一隊が彼らの後ろに従っていた。学生、美術家、エークスのクーグールド派に加盟してる青年、労働者、仲仕などで、棒や銃剣を持っており、ある者はコンブフェールのようにズボンの中にピストルをつっ込んでいた。ごく高齢らしい老人がひとりこの群れにはいって歩いていた。武器は持っていず、何か考え込んだような様子をしていたが、おくれまいとして足を早めていた。ガヴローシュはそれに気づいた。
「あれは何でしょう?」と彼はクールフェーラックに言った。
「爺《じい》さんさ。」
 それはマブーフ氏であった。

     五 老人

 これまでに起こったことをちょっと述べておきたい。
 アンジョーラとその仲間は、竜騎兵が襲撃を始めた時に、ブールドン大通りの公設倉庫の近くにきていた。アンジョーラとクールフェーラックとコンブフェールとは、「防寨《ぼうさい》へ!」と叫んでバソンピエール街の方から進んだ人々のうちにはいった。レディギエール街で彼らは、街路をたどってるひとりの老人に出会った。
 彼らの注意をひいたのは、その老人が酔っ払ってでもいるように、千鳥足で歩いてることだった。その上老人は、朝中雨が降りその時もなおかなり降っていたのに、帽子をぬいで手に持っていた。クールフェーラックはそれがマブーフ老人であることを見て取った。何度もマリユスについて戸口の所まで行ったことがあるので、見覚えていた。そしてそ
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