の中に次第に近くやってくるのを見るように、永久に定められているのであろうか。光もなく、希望もなく、その恐るべき怪物の近づくままに放置され、その怪物からほのかに嗅《か》ぎつけられ、身を震わし、髪をふり乱し、腕をねじ合わしてひざまずき、永遠にやみ夜の巌《いわお》につながれて、そこに留まっていなければならないのであろうか、やみのうちに裸のままほの白くさらされたる悲惨なるアンドロメダ([#ここから割り注]訳者注 神託によって海の怪物にささげられペルセウスに助けられしエチオピアの王女[#ここで割り注終わり])のごとくに!

     三 泣く隠語と笑う隠語

 読者の見る通り、全部の隠語は、今日の隠語と共に四百年前の隠語も、各語にあるいは苦悩の姿を与えあるいは恐ろしい姿を与える陰惨な象徴的精神ですべて貫かれている。そのうちには、クール・デ・ミラクルの無宿者らからきた古い荒々しい悲哀が感ぜらるる。この無宿者らは特殊なカルタで賭博《とばく》をしていたが、その幾つかは今だに伝わっている。たとえばクラブの八は、クローバーの大きな葉の八枚ついてる大木が描いてあって、変な風に森をかたどったものであった。大木の根本には燃えてる火が見えていて、そこでひとりの猟師が串《くし》にさされて三匹の兎《うさぎ》からあぶられていた。その向こうにも一つ火が燃えていて、その上にかかって煙を出してる鍋《なべ》からは犬の頭が出ていた。そして密輸入者らを火あぶりにし貨幣|贋造者《がんぞうしゃ》らを釜揚《かまあ》げにする時代において、カルタ札《ふだ》の上に描かれたそれらの復讐《ふくしゅう》ほど、世に痛むべきものは存しない。隠語の世界において人の考えを現わす種々の形は、歌も嘲弄《ちょうろう》も威嚇《いかく》も皆、かかる無力な圧伏された性質を持っていた。歌の調子は幾らか今だに伝わっているが、それらの歌は皆謙遜なもので、涙ぐまるるほど悲しいものだった。盗賊仲間ということは 〔pauvre pe`gre〕([#ここから割り注]あわれな仲間[#ここで割り注終わり])と呼ばれている。そしてまた、身を隠す兎だの、のがれゆく二十日鼠だの、逃げ出す小鳥だのが、いつも出て来る。ほとんど抗議さえも持ち出さない。ただ嘆息するのみで満足している。その嘆声の一つが今に伝わっている。

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〔Je n'entrave que le dail comment meck, le daron des orgues, peut atiger ses mo^mes et ses momignards et les locher criblant sans e^tre atige' lui−me^me.〕
(なぜに人の父なる神は、おのが子や孫を苦しめ、その泣き声を聞きても自ら心を痛めないか、私は了解することを得ない。)
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悲惨なる者は、少しく思いめぐらす暇を持つごとに、法律の前に自ら小さくなり、社会の前に自ら弱くなる。彼はそこに平伏し、懇願し、憐愍《れんびん》の方を仰ぎ見る。あたかも自分の非をよく知ってるかのようである。
 ところが十八世紀の中葉頃に、一つの変化が起こった。監獄の歌は、盗賊のきまりの歌は、横柄な元気な身振りを示した。嘆息的な反覆語 〔malure'〕 は larifla と変わった。十八世紀では、漕刑場《そうけいじょう》や徒刑場や監獄などのほとんどすべての中に、謎《なぞ》のような悪魔的な快活さが見えていた。あたかも燐光《りんこう》に照らされ、横笛を吹いてる鬼火から森の中に投げ出されたかのような、踊りはねる鋭い次の反唱句も聞かれたのである。

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Mirlababi, surlababo,
  Mirliton ribon ribette,
Surlababi, mirlababo,
  Mirliton ribon ribo.
[#ここで字下げ終わり]

 これは窖《あなぐら》の中や又は森の片すみで、人を絞《し》め殺しながら歌われたのである。
 この変化は重大な一兆候である。十八世紀に及んで、この沈うつな階級の古来の憂鬱《ゆううつ》は消散する。彼らは笑い始める。彼らは偉大なる meg(神)や大なる dab(王)を嘲笑する。ルイ十五世のことをいう時、彼らはこのフランス国王を marquis de Pantin([#ここから割り注]パリー侯爵[#ここで割り注終わり])と呼ぶ。彼らはほとんど快活になったのである。あたかも良心の重みももはや感じないかのように、そのみじめなる者らから一種軽快な光が発してくる。その痛むべき影の種族は、もはや単に行為上の絶望的な大胆さを持ってるのみではなく、また精神上のむとんちゃくな大胆さを持っている。それは彼らが罪悪
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