フ感情を失ってる証拠であり、思想家や瞑想家《めいそうか》らが自ら知らずして与うる一種の支持を彼らが感じてる証拠である。窃盗や掠奪《りゃくだつ》が理論や詭弁《きべん》のうちにまでしみ込んでいって、ついに詭弁《きべん》や理論に醜さを多く与えながらおのれの醜さを多少失ってきた証拠である。終わりにまた、何か反対の機運さへ起こらなければ、ある驚くべき発展が近く到来せんとしてる前兆である。
 ちょっと一言しておきたい。ここで我々がとがめんとするところのものは、十八世紀であるか? または哲学であるか? 否そうではない。十八世紀の事業は健全で善良である。ディドローを頭《かしら》とする百科辞典の一派、テュルゴーを頭とする重農主義の一派、ヴォルテールを頭とする哲学の一派、ルーソーを頭とする理想郷の一派、そこに四つの尊い方面がある。光明の方へ向かってなした人類の大なる前進は、彼らに負うところのものである。彼らは人類の四つの前衛であって、進歩の四方へ進み出る。ディドローは美なるものの方へ、テュルゴーは有益なるものの方へ、ヴォルテールは真なるものの方へ、ルーソーは正なるものの方へ。しかしながら、それらの哲人らの傍《かたわら》にまた下に、詭弁家らの一派があった。健全なる繁茂に交じってる有毒な植物であり、処女林のうちにおける毒人蔘《どくにんじん》であった。法廷の大階段の上で当代の救済主らの大著述を刑執行人が焼き払ってる傍に、今日もはや忘られている幾多の著述家らは、国王の特許を得て、変に秩序をみだす種々の著述を出版して、みじめなる者らから貪《むさぼ》り読まれたものである。不思議にも国君の保護を受けたそれらの発行書のあるものは、秘密叢書[#「秘密叢書」に傍点]のなかに今もはいっている。奥深いしかも世に知られないそれらの事実は、表面には現われていなかった。が往々にして一事実の危険性はその暗黒なる点に存する。暗黒なるは地下にあるからである。それらの著述家らのうちでも、岩層の中に最も不健全な坑道を当時掘った者は、おそらくレスティフ・ド・ラ・ブルトンヌであろう。
 かかる仕事は本来全ヨーロッパに存するものであったが、ことにドイツはそれからはなはだしい損害を受けた。ドイツにおいては、シルレルが有名な戯曲群盗[#「群盗」に傍点]のうちに概説しているある一時期の間、窃盗と掠奪とが蜂起《ほうき》して所有権と労働とを妨げ、初歩のもっともらしい誤ったる思想を、外観は正しいが実質は不条理なる思想を、自ら遵守《じゅんしゅ》し、自ら身にまとい、多少その影に潜み隠れ、抽象的な名前を取って学説の状態に変形して、不純な混和剤を作る不注意な化学者のごとくに、またそれを服用する衆人のごとくに、知らず知らずのうちに、勤勉な正直な苦しめる群集の間に伝播《でんぱ》していったのである。かかる種類の事実が起こってくる時には、その結果は常に重大である。苦しみは憤怒を生む。そして富裕なる階級が、盲目であるか又は眠っている間に、すなわち目を閉じている間に、不幸なる階級の憎悪《ぞうお》の念は、片すみに夢想している憂鬱《ゆううつ》な又は悪しき精神に炬火《たいまつ》を点じて、社会を調査し始める。憎悪の行なう調査、それは恐るべきものである。
 そこから、もし時代の不幸が望む時には、ジャックリー([#ここから割り注]訳者注 十四世紀ピカルディーにおける賤民の大暴動[#ここで割り注終わり])と昔名づけられたような恐るべき騒擾《そうじょう》が起こってくる。かかる騒擾に比すれば、純粋の政治的動乱などは児戯に等しいものである。それはもはや被圧制者が圧制者に対抗する争いではなく、不如意が安逸に対抗する反抗である。その時すべては崩壊する。
 ジャックリーは民衆の戦慄《せんりつ》である。
 十八世紀の末葉においておそらく全ヨーロッパに切迫していたこの危急を、あの広大なる誠直の行為たるフランス大革命は、一挙に断ち切ったのである。
 剣を装ったる理想に外ならないフランス大革命は、すっくと立ち上がり、同じ急速な動作で、悪の扉《とびら》を閉ざし善の扉を開いた。
 大革命は問題を解決し、真理を普及し、毒気を払い、時代を清め、民衆に王冠を授けた。
 大革命は人間に第二の魂たる権利を与えながら人間を再びつくった、ともいい得るであろう。
 十九世紀はその事業を継承し利用している。そして今日では、前に述べたような社会の破滅は当然起こり得ない。かかる破滅を予言する者は盲者であり、かかる破滅を恐るる者は痴呆《ちほう》である。革命はジャックリーの種痘である。
 革命の恩恵によって社会の情況は変わった。封建的王政的な病はもはや我々の血液の中にはない。我々の政体のうちにはもはや中世は存しない。恐るべき黴菌《ばいきん》が内部に満ちあふれていた時代、恐ろしい響きのか
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