わり])であり、処刑された者は一つの mort([#ここから割り注]死人[#ここで割り注終わり])である。
身を埋むる四方の石壁のうちにあって、囚人にとって最も恐ろしいものは、女に接しない一種氷のごとき清浄な生活である。囚人は地牢《ちろう》を castus([#ここから割り注]清浄[#ここで割り注終わり])と呼んでいる。――その痛むべき場所のうちに、外部の世界は常に最も嬉々《きき》たる顔付きをして現われてくる。囚人は足に鉄鎖をつけている。足をもって人は歩くと囚人も考えてることと、おそらく世人は思うだろう。しかしそうではない。足をもって人は踊ると囚人は考えている。それで、足の鉄鎖を鋸《ひ》き割り得た時、最初の考えは、今や踊り得るということである。そして鋸《のこぎり》を bastringue([#ここから割り注]居酒屋の一種の踊り[#ここで割り注終わり])と呼んでいる。――名前を centre([#ここから割り注]中心[#ここで割り注終わり])と呼んでいる。意味深い比喩《ひゆ》である。――悪漢は二つの頭を持っている。一つは自分の行為を定め、生涯の間自分を導くものである。一つは最期の日双肩にになうべきものである。罪悪を勧める頭を sorbonne([#ここから割り注]ソルボンヌ大学[#ここで割り注終わり])と呼び、罪悪を償う頭を tronche([#ここから割り注]クリスマス用の薪[#ここで割り注終わり])と呼んでいる。――身にはぼろをしかまとわず心には悪徳をしかいだかない時、物質的と精神的と二重の堕落に陥った時、その二重の意味でいわゆる gueux([#ここから割り注]賤奴[#ここで割り注終わり])となりはてた時、人はまさに罪悪の淵辺《ふちべ》に立っている。よく研《と》がれた包丁のようなものである。彼は両刃を、すなわち困窮と悪意とを持っている。それゆえ隠語では、それを gueux といわないで、〔re'guise'〕([#ここから割り注]研がれたる者[#ここで割り注終わり])という。――徒刑場とは何であるか。永劫《えいごう》所罰の火炉であり、一つの地獄である。囚人は自ら自分を fagot([#ここから割り注]薪束[#ここで割り注終わり])と呼ぶ――終わりに、悪人らはいかなる名を監獄に与えているか。〔colle`ge〕([#ここから割り注]学校[#ここで割り注終わり])という名を与えている。懲戒の全組織はこの一語から引き出すことができる。
盗人は前に差し出された犠牲を持っている、すなわち盗み得る物を、諸君や私や、だれでも前を通る者を。それを pantre という。(pan とはすべての人という意味である。)
徒刑場の多くの歌、特殊の言葉で lirlon a といわれる反唱句が、どこで生まれたかを知ろうと欲するならば、次のことを読むがいい。
パリーのシャートレ監獄に長い大きな窖《あなぐら》が一つあった。その窖はセーヌ川の水面より八尺も低くなっていた。窓もなければ風窓もなく、唯一の開き口はただ入り口の戸だけであった。人間ははいることができたが、空気は通さなかった。上は石の丸天井であり、床《ゆか》には一尺も泥《どろ》がたまっていた。初めは舗石《しきいし》があったが、水がしみ出てくるので、それも腐食して裂け目だらけになっていた。地面から八尺の高さの所に、一本の長い太い梁《はり》が地牢《ちろう》の一方から一方へ通っていた。その梁の諸所には、長さ三尺の鎖がたれていて、先端に鉄の首輪がついていた。漕刑《そうけい》に処せられた囚人らは、ツーロン港に向かって護送さるる日までこの窖の中に入れられた。暗闇《くらやみ》の中に恐ろしい鉄枷《てつかせ》をそなえて待ってる梁の下に、彼らは押しやられた。腕をたれてる鎖と手をひろげてる首輪とは、そのみじめな者らの首筋をつかんだ。彼らはそこにつなぎとめられて放置された。鎖が短いので下に寝ることはできなかった。その窖の中に、その暗闇の中に、その梁の下に、ほとんどぶら下がったようにしてじっと立ちつくし、わずかなパンと水とを得るために非常な努力を強いられ、頭の上には石の丸天井があり、下には半ば膝《ひざ》を没する泥があり、糞尿《ふんにょう》は足の上に流れ、疲労のために骨も裂け、腰と膝とは力を失い、休息するためには両手で鎖にぶら下がり、立ったままでなければ眠ることもできず、首輪に喉《のど》をしめられては絶えず目をさまし、また中には永久に目をさまさない者もあった。物を食べるには、泥《どろ》の中に投げ与えられたパンを、踵《かかと》で脛《すね》にずらし上げて手の届く所まで持ってくるのだった。しかもそういう風にしてることが、あるいは一カ月、あるいは二カ月、時には六カ月になることもあった。一年間そこにいた者もひとりあった。それが徒刑
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