竄チつけられてたんだ。」
「この手紙だがね。」
「うむ。」
「これを持って、すぐに防寨《ぼうさい》を出てくれ。(ガヴローシュは不安そうな様子だったが、こんどは耳をかき始めた。)そして明日の朝、あて名の人へ、オンム・アルメ街七番地のフォーシュルヴァン氏方コゼット嬢へ、それを届けてくれ。」
 勇壮な少年は答えた。
「だが、その間に防寨は落ちて、俺は間《ま》に合わなくなるだろう。」
「防寨は、すべての様子から察すると、夜明けにしか攻撃されない、そして明日《あす》の午《ひる》までは陥落しない。」
 襲撃軍が新たに防寨《ぼうさい》に与えた猶予の時間は、実際長引いていた。そういう中断は夜戦にありがちなことで、更に激しい襲撃が続いて起こるのが常である。
「では、」とガヴローシュは言った。「明日の朝その手紙を持って出ることにしたら?」
「それでは間に合わない。防寨はたぶん包囲され、街路には皆番兵が置かれて、もう出られはしない。今すぐに行ってくれ。」
 ガヴローシュは答えに窮して、当惑したように耳をかきながら決心しかねて立っていた。するうちに突然彼は、いつもの小鳥のような敏捷《びんしょう》さで手紙を引ったくった。
「よろしい。」と彼は言った。
 そして彼は、モンデドゥール小路へ駆け出していった。
 ガヴローシュはある考えを思い浮かべて、それで心を決したが、マリユスが異議を持ち出しはしないかと気使って、口には出さなかったのである。
 その考えというのは、こういうことだった。
「まだせいぜい十二時だ。オンム・アルメ街は遠くない。今からすぐに手紙を持って行って、そのまま帰って来れば間に合うだろう。」
[#改ページ]

   第十五編 オンム・アルメ街


     一 饒舌《じょうぜつ》なる吸い取り紙

 都市の騒擾《そうじょう》も人の魂の動乱に比ぶれば何であろう。一個の人間は一団の民衆よりも更に大なる深さを有している。ちょうどこの時ジャン・ヴァルジャンは、恐るべき惑乱にとらえられていた。あらゆる深淵《しんえん》が彼のうちに再び口を開いていた。彼もまたパリーと同じく、暗黒な恐ろしい革命の縁に震えていた。その変動はわずか数時間のうちに起こったのである。彼の運命と本心とは、突然やみにおおわれてしまった。パリーと同じく彼についても、二つの主義が相|対峙《たいじ》していると言い得るのだった。白い天
前へ 次へ
全361ページ中342ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング