gと黒い天使とは、深淵に架した橋の上でつかみあっていた。いずれが相手を投げ落とすであろうか? いずれが勝利を得るであろうか?
 この六月五日の前日、ジャン・ヴァルジャンはコゼットとトゥーサンとを伴って、オンム・アルメ街に引き移った。そこで大事件が彼を待ち受けていたのである。
 コゼットはプリューメ街を去ることに多少の異議を試みてみた。ふたりがいっしょに暮らすようになってから始めて、コゼットの意志とジャン・ヴァルジャンの意志とは、互いにはっきり異なって、衝突はしなくとも矛盾した。一方に異議があり、一方に頑強《がんきょう》があった。見知らぬ男がジャン・ヴァルジャンに投げ与えた「引っ越せ[#「引っ越せ」に傍点]」という突然の忠告は、非常に彼を脅かして頑固ならしめた。彼は官憲から見現わされ跡をつけられてると思った。コゼットも譲歩しなければならなかった。
 ふたりとも、口をきっと結び、一言も発せず、自分の考えに没頭して、オンム・アルメ街に到着した。ジャン・ヴァルジャンはコゼットの悲しみに気づかないほど不安であり、コゼットはジャン・ヴァルジャンの不安に気づかないほど悲しんでいた。
 ジャン・ヴァルジャンはトゥーサンをも連れていった。それは今まで家を空《あ》けるおりにもかつてしなかったことである。彼はおそらく再びプリューメ街に戻ることはないだろうと思っていたし、またトゥーサンをあとに残すことも彼女に秘密を打ち明けることもできなかった。その上彼は、彼女は自分に身をささげていて信ずるに足りると思っていた。およそ召し使いの主人に対する背反は好奇心から始まる。しかるにトゥーサンは、あたかも元来ジャン・ヴァルジャンの召し使いと生まれてきたもののように、何ら好奇心を持たなかった。彼女は吃《ども》りながら、バルヌヴィルの田舎《いなか》言葉で言っていた。「わたしゃこう生まれついただ。自分の仕事ばしすりゃあええだ。他のこたあわたしの知ったことでねえだ。」
 ほとんど逃げ出すのと同様なプリューメ街からの引っ越しに、ジャン・ヴァルジャンがいっしょに携えたものは、コゼットが彼につき物[#「つき物」に傍点]だと言っていたかおりのいい小さな鞄《かばん》ばかりだった。物をつめ込んだ行李《こうり》を運べば運送屋がいるし、運送屋が来ればそれが証人となって足がつく。それでただ、バビローヌ街の出口に辻馬車《つじばしゃ
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