音を聞いたら、すぐにあけてやれ。はいってきたら、階段と廊下とで明りを見せてやるがいい。そして奴《やつ》がここにはいる間に、お前は急いでおりてゆき、御者に金を払い、馬車を返してしまえ。」
「その金は?」と女房は尋ねた。
ジョンドレットはズボンの隠しを探って、五フラン取り出して渡した。
「これはどうしたんだよ。」と女房は叫んだ。
ジョンドレットは堂々と答えた。
「それは今朝《けさ》隣の先生がくれたものだ。」
そして彼はつけ加えた。
「ねえ、椅子《いす》が二ついるだろうね。」
「どうするのに?」
「すわるのにさ。」
その時マリユスは、女房が事もなげに次のような答えをしたのを聞いて、ぞっと背中に戦慄《せんりつ》を覚えた。
「それじゃあ、隣のを持ってこよう。」
そして彼女はすばしこく扉《とびら》をあけて廊下に出た。
マリユスにはとうてい、戸棚《とだな》からおりて寝台の所へ行きその下に隠れるだけの時間がなかった。
「蝋燭《ろうそく》を持ってゆけ。」とジョンドレットは叫んだ。
「いいよ。」と女房は言った。「かえって邪魔だよ、椅子を二つ持たなくちゃならないからね。それに月の光が明るいよ。」
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