。彼女はとうていそれを知ってるわけはない。なぜなら、ファバントゥーと署名されていた手紙のあて名は、サン[#「サン」に傍点]・ジャック[#「ジャック」に傍点]・デュ[#「デュ」に傍点]・オー[#「オー」に傍点]・パ会堂の慈悲深き紳士殿[#「パ会堂の慈悲深き紳士殿」に傍点]としてあったばかりだから。
 マリユスは室にはいって、後ろに扉《とびら》を押ししめた。
 しかし扉はしまらなかった。ふり返って見ると、半ば開いた扉を一つの手がささえていた。
「何だ? だれだ?」と彼は尋ねた。
 それはジョンドレットの姉娘だった。
「あああなたですか、」とマリユスはほとんど冷酷に言った、「またきたんですか。何か用ですか。」
 娘は何か考えてるらしく、返事もしなかった。朝のような臆面《おくめん》なさはもうなかった。はいってもこないで、廊下の陰の所に立っていた。マリユスはただ半開きの扉《とびら》からその姿を見るだけだった。
「さあどうしたんです。」とマリユスは言った。「何か用があるんですか。」
 娘は陰鬱《いんうつ》な目を上げて彼を見た。その目には一種の光がぼんやりひらめいていた。彼女は彼に言った。
「マリユ
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