閧ゥけた上衣とを濫用したが、それももとより有効だった。正理派の過誤もしくは不幸は、老いたる青春をこしらえたことだった。彼らは賢者のような態度をとった。絶対過激なる主義に一つの穏和なる権力を接木《つぎき》しようとした。破壊的自由主義に保守的自由主義を対立させ、しかも時としては珍しい怜悧《れいり》さをもってそれをした。人々は彼らがこう言うのを聞いた。「勤王主義に感謝せよ。勤王主義は少なからざる役目をした。それは伝統と教養と宗教と尊敬とを再びもたらした。忠実で正直で誠実で仁愛で献身的であった。たとい自ら好んでではなかったとはいえ、国民の新しい偉大さに王国古来の偉大さを交じえた。そしてその誤ちは、革命と帝国と光栄と自由と、若き思想と若き時代と若き世紀とを、理解していないことである。しかしそれが吾人に対して有する誤ちは、吾人もまた時としてそれに対して有しなかったであろうか。吾人がその後を継いだ革命は、すべてに聡明《そうめい》なるべきはずである。勤王主義を攻撃することは、自由主義の矛盾である。何たる過失であり、何たる盲目であるか。革命のフランスは、歴史のフランスに、言い換えればその母に、また言い換
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