ノ語り、ふたりして何かの口実の下に大佐を訪れた。そしてそれをきっかけに何度も訪問するようになった。大佐は初めいっさい口をつぐんでいたが、ついに事情を打ち明けた。それで司祭と理事とは、大佐の身の上をことごとく知り、ポンメルシーが自分の幸福を犠牲にして子供の未来をはかってる事情を知るに至った。そのために、司祭は大佐に対して敬意と温情とをいだき、大佐の方でもまた司祭を好むようになった。その上、もしどちらも至ってまじめであり善良である場合には、およそ世の中に老牧師と老兵士とほど、容易に理解し合い容易に融合し合うものはない。根本においては彼らは同じ種類の人間である。一は下界の祖国に身をささげ、一は天上の祖国に身をささげている。ただそれだけの違いである。
年に二度、一月一日と聖ジョルジュ記念日([#ここから割り注]訳者注 四月二十三日[#ここで割り注終わり])とに、マリユスは義務としての手紙を父に書いた。それは伯母が口授したもので、形式的な文句の書き写しともいえるようなものだった。ジルノルマン氏が許容したことはただそれだけだった。すると父親はきわめて心をこめた返事をよこした。祖父はそれを受け取って、読みもしないでポケットに押し込んだ。
三 彼らに眠りあれ
T夫人の客間《サロン》は、マリユス・ポンメルシーの世間に対する知識のすべてだった。彼が人生をながむることのできる窓は、それが唯一のものだった。けれどその窓は薄暗くて、その軒窓ともいうべきものから彼にさして来るものは、温暖よりも寒気の方が多く、昼の光よりも夜の闇《やみ》の方が多かった。その不思議な社会にはいってきた当時、喜悦と光明とのみであった少年は、間もなく悲しげになり、その年齢になおいっそう不似合いなことには、沈鬱《ちんうつ》になってきた。それらの尊大な独特な人々にとり巻かれて、彼は心からの驚きをもって周囲を見回した。するとすべてのものは、ただ彼のうちにその茫然《ぼうぜん》たる驚きを増させるだけだった。T夫人の客間のうちには、きわめて尊むべき貴族の老夫人らがいた、マタン、ノエ、それからレヴィと発音されてるレヴィス、カンビーズと発音されてるカンビス、などという夫人が。それらの古めかしい顔つきとそれらのバイブルにある名前とは、少年の頭の中で、彼が暗唱している旧約書の中にはいり込んできた。そして彼女らが、消えかかった暖炉のまわりに丸くすわり、青い覆《おお》いをしたランプの光にほのかに照らされ、きびしい顔つきをし、灰色かまたは白い頭髪をし、寂しい色しかわからない時勢おくれの長い上衣を着、長い間を置いては時々堂々たるまたきびしい言葉を発しながら、みなそこに集まっている時、小さなマリユスはびっくりした目で彼女らをながめて、婦人というよりもむしろ古代の長老や道士を見るような気がし、実在の人物というよりもむしろ幽霊を見るような気がした。
それらの幽霊に交じってまた、その古い客間には常客たる数人の牧師がおり、それから数人の貴族らがいた。ベリー夫人の第一秘書役たるサスネー侯爵、シャール・ザントアンヌという匿名で単韻の短詩を出版したヴァロリー子爵、金の綯総《よりふさ》のついた緋《ひ》ビロードの服をつけ首筋を露《あら》わにしてこの暗黒界を脅かしてるきれいな才ばしった妻を持ち、かなり若いのに胡麻塩《ごましお》の頭を持っていたボーフルモン侯、最もよく「適宜な礼儀」を心得ていたフランス中での男たるコリオリ・デスピヌーズ侯爵、愛嬌《あいきょう》のある頤《あご》をした好人物アマンドル伯爵、王の書斎と言われてるルーヴルの図書館の柱石であるポール・ド・ギー騎士。このポール・ド・ギー氏は、年取ったというよりもむしろ古くなったという方が適当な禿頭《はげあたま》の人で、その語るところによると、一七九三年十六歳のおり、忌避者として徒刑場に投ぜられ、やはり忌避者たる八十歳の老人ミールポア司教と同じ鎖につながれたそうである。ただし彼の方は兵役忌避者であったが、司教の方は僧侶法忌避者であった。それはツーロンの徒刑場だった。彼らの役目は、夜間断頭台の所へ行って、昼間そこで処刑された者の首と身体とを拾って来ることだった。彼らは血のしたたる胴体を背にかついできた。そして徒刑囚としての赤い外套《がいとう》は、朝にはかわき晩にはぬれて、首筋の後ろに血潮の厚い皮ができるようになったそうである。そういう悲壮な物語はT夫人の客間に満ち満ちていた。そしてマラーをののしる勢いに駆られて、トレスタイヨンまでを賞揚した。過激王党的な数人の代議士は、ホイストの勝負を争っていた、ティボール・デュ・シャラール氏、ルマルシャン・ド・ゴミクール氏、および右党で名高い嘲笑者《ちょうしょうしゃ》のコルネー・ダンクール氏など。大法官フェルレットは、その短い
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