Yボンとやせた足とをもって、タレーランの家へ行く途中に時々この客間を見舞った。彼はもとアルトア伯爵の遊び仲間であった。そして美婦カンパスプの前に膝《ひざ》を折ったアリストテレスと反対に、女優ギマールを四つ足で歩かし、それによって哲学者の仇《あだ》を大法官が報じたことを古今に示したのである。
 牧師の方には次のような人々がいた。アルマ師、これはフードル紙上の仲間たるラローズ氏が、「へー[#「へー」に傍点]、何者だ[#「何者だ」に傍点]、五十歳にも満たないで[#「五十歳にも満たないで」に傍点]、たぶん黄口の少年輩だろう[#「たぶん黄口の少年輩だろう」に傍点]、」と云ったその人である。それから、国王の説教師であるルツールヌール師。まだ伯爵でも司教でも大臣でも上院議員でもなく、ボタンの取れた古い教服を着ていたフレーシヌー師。サン・ジェルマン・デ・プレ会堂の司祭クラヴナン師。次に、法王の特派公使。これは当時ニジビの大司祭マッキ閣下と称し後に枢機官になったが、その瞑想的《めいそうてき》な長い鼻で有名だった。なおもひとりイタリーの高僧がいたが、次のような肩書きがついていた、すなわち、パルミエリ師、宮廷教官、七人の法王庁分担大書記官のひとり、リベリア本院の記章帯有のキャノン牧師、聖者代弁人すなわち聖者の請願師[#「聖者の請願師」に傍点]、これは列聖事務に関係あることで、ほとんど天国区隊の参事官ともいうべき意味である。終わりにふたりの枢機官、リュゼルヌ氏とクレルモン・トンネール氏。リュゼルヌ枢機官は文筆の才があり、数年後にはコンセルヴァトゥール紙にシャトーブリアンと相並んで執筆するの光栄を有した。クレルモン・トンネール氏はツールーズの司教であって、しばしばパリーにやってきて、陸海軍大臣だったことのある甥《おい》のトンネール侯爵の家に滞在した。彼は快活な背の低い老人で、教服をまくって下から赤い靴下《くつした》を出していた。その特長は、大百科辞典をきらうことと、撞球《たまつき》に夢中になることとであった。当時、クレルモン・トンネールの館《やかた》があったマダム街を夏の夕方などに通る者は、そこに立ち止まって、撞球の音を聞き、随行員でカリストの名義司教たるコトレー師に向かって、「点数[#「点数」に傍点]、三つ当りだ[#「三つ当りだ」に傍点]、」と叫ぶ枢機官の鋭い声を聞いたものである。クレルモン・トンネール枢機官は、元のサンリスの司教で四十人のアカデミー会員のひとりである彼の最も親しい友人ロクロール氏から、T夫人の客間に連れてこられたのである。ロクロール氏は、その背の高い身体とアカデミーへの精励とによって有名だった。当時アカデミーの集会所となっていた図書室の隣の広間のガラス戸越しに、好奇な者らは木曜日には必ず元のサンリスの司教を見ることができた。彼はいつも立っていて、あざやかに化粧をし紫の靴下《くつした》をはき、明らかにその小さなカラーをよく見せんためであろうが、戸に背を向けていたものである。右のような聖職者らは、その大部分教会の人であるとともに宮廷の人だったが、T夫人の客間の荘重な趣をますます深からしめていた。また五人の上院議員、ヴィブレー侯爵、タラリュ侯爵、エルブーヴィル侯爵、ダンブレー子爵、ヴァランティノア公爵らは、客間の貴族的な趣を増さしていた。このヴァランティノア公爵は、モナコ侯すなわち他国の主権者ではあったが、フランスおよび上院議員の位を非常に尊敬していて、その二つを通じてすべてのものを見ていた。「枢機官はローマのフランス上院議員であり[#「枢機官はローマのフランス上院議員であり」に傍点]、卿《ロード》はイギリスのフランス上院議員である[#「イギリスのフランス上院議員である」に傍点]」と言っていたのは彼である。けれども、この世紀には革命は至る所にあるはずであって、この封建的な客間でも、前に言ったとおりひとりの市民が勢力を振るっていた。すなわちジルノルマン氏がそこに君臨していたのである。
 実にこの客間のうちに、パリーの白党の本質精髄があった。世に名高い人々は、たとい王党であろうと、そこから遠ざけられていた。名声のうちには常に無政府臭味があるものである。シャトーブリアンがもしそこにはいっていったら、ペール・デュシェーヌ([#ここから割り注]訳者注 民主主義の代表的人物[#ここで割り注終わり])がはいってきたほどの騒ぎをきたしたであろう。けれども、四、五の共和的王政派の人々は、この正教的な社会のうちにはいることを特別に許されていた。ブーニョー伯爵も条件つきで迎えられていた。
 今日の「貴族」の客間は、もはやそれらの客間と似寄った点を少しも持たない。今日のサン・ジェルマン郭外には異端派的なにおいがある。現今の王党らは、誉《ほ》むべきことには、もはや
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