ナある。
 ブールボン家復帰の記念謝恩日に、タレーラン([#ここから割り注]訳者注 革命、帝政、王政復古、と順次に節を曲げし政治家[#ここで割り注終わり])が通るのを見て彼は言った。「彼処《あそこ》に魔王閣下が行く[#「に魔王閣下が行く」に傍点]。」
 ジルノルマン氏はいつも自分の娘と小さな少年とを連れてきた。娘というのはあの永遠の令嬢で、当時四十歳を越していたが、見たところは五十歳くらいに思われた。少年の方は、六歳の美しい児で、色が白く血色がよく生々《いきいき》としていて、疑心のない幸福そうな目つきをしていた。しかし彼がその客間に現われると、いつもまわりで種々なことを言われた。「きれいな子だ!」「惜しいものだ!」「かわいそうに!」この子供は前にちょっと述べておいたあの少年である。人々は彼のことを「あわれな子」と呼んでいた。なぜなら彼の父は「ロアールの無頼漢」([#ここから割り注]訳者注 ナポレオン旗下の軍人[#ここで割り注終わり])のひとりだったからである。
 そのロアールの無頼漢は、既に述べておいたジルノルマン氏の婿《むこ》で、彼が「家の恥[#「家の恥」に傍点]」と呼んでいた人である。

     二 当時の残存赤党のひとり

 その頃、ヴェルノンの小さな町にはいって、やがて恐ろしい鉄骨の橋となるべき運命にあったあの美しい記念の橋の上を歩いたことのある者は、橋の欄干を越してひとりの男を見ることができたであろう。その男は五十歳ばかりの老人で、鞣革《なめしがわ》の帽子をかぶり、灰色の粗末なラシャのズボンと背広とをつけ、その背広には赤いリボンの古く黄色くなってるのが縫いつけてあり、木靴《きぐつ》をはき、日に焼け、顔はほとんど黒く頭髪はほとんどまっ白で、額から頬《ほお》へかけて大きな傷痕《きずあと》があり、腰も背も曲がり、年齢よりはずっと老《ふ》けていて、手には耡《すき》か鎌《かま》かを持ち、ほとんど一日中そこにある多くの地面の一つをぶらついていた。それらの地面は皆壁に囲まれ、橋の近くにあって、セーヌ川の左岸に帯のように続いており、美しく花が咲き乱れて、も少し広かったら園とも言うべく、も少し狭かったら叢《くさむら》とも言うべきありさまだった。それらの囲いの土地はどれも皆、一端に川を控え他端に一つの人家を持っていた。上に述べた背広と木靴《きぐつ》の男は一八一七年ごろには、
前へ 次へ
全256ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング