スはずである。当時彼はその二階の古い広い部屋に住んでいた。それは街路と庭とを両方に控え、ゴブランやボーヴェー製の牧羊の絵のついてる大きな布で天井までもすっかり張られていた。天井や鏡板《かがみいた》についてる画題は、小さくして肱掛椅子《ひじかけいす》にも施されていた。またその寝台は、コロマンデル製のラック塗りの大きな九枚折り屏風《びょうぶ》で囲まれていた。窓には長く広い窓掛けが下がっていて、いかにもみごとな大きな縮れ襞《ひだ》をこしらえていた。庭はすぐそれらの窓の下にあったが、愉快げに老人が上り下りする十二、三段の階段で角《かど》になってる一つの窓から、ことによく見られた。室に接している文庫のほかに、彼がごく大事にしてる納戸部屋《なんどべや》が一つあった。それはりっぱな小|室《へや》で、そこに張ってある素敵な壁紙には百合《ゆり》の花模様や種々な花がついていた。その壁紙は、ルイ十四世の漕刑場《そうけいじょう》でこしらえられたもので、王の情婦のためにヴィヴォンヌ氏が囚人らに命じて作らせたものだった。ジルノルマン氏はそれを、百歳も長寿を保って死んだ母方の大変な大叔母から譲り受けたのだった。彼は二度妻を持ったことがあった。彼の様子は朝臣と法官との中間に止まっていた。しかし彼はかつて朝臣であったことはないが、法官にはなろうとすればなれないこともなかったかも知れない。彼は快活であり、気が向けば人をいたわってやった。世には、最もふきげんな夫であるとともに最もおもしろい情人であるために、いつも妻からは裏切られるが決して情婦からは欺かれることのないような男がいるものだが、彼も若い頃はそういう男のひとりだった。彼は絵画の方面に鑑識があった。彼の室にはだれかのみごとな肖像が一つあった。ヨルダンスの手に成ったもので、荒い筆触で様々な細部まで描かれていて、乱雑にでたらめに書かれたものらしかった。ジルノルマン氏の服装は、ルイ十五世式でもなければ、ルイ十六世式でもなく、執政内閣時代の軽薄才子《アンクロアイヤブル》のような服装だった。彼はそれほど自分を若いと思っていて、その流行をまねたのだった。その上衣は軽いラシャで、広い折り襟《えり》と、長い燕尾《えんび》と、大きな鉄のボタンとがついていた。それに加うるに、短いズボンと留め金つきの靴《くつ》。そしていつも両手をズボンのポケットにつっ込んでいた。彼は
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