スいた。彼の目にはその老嬢も七、八歳の子供としか見えなかった。彼はまた激しく召し使いどもに平手を食わした、そして「このひきずり奴《め》が!」とよく言った。彼が口癖のののしり語の一つは、足が額にくっつこうとも[#「足が額にくっつこうとも」に傍点]というのだった。ある点について彼は妙に泰然としていた。毎日ある理髪屋に顔をそらせていた。その理髪屋はかつて気が狂ったことのある男で、愛嬌者《あいきょうもの》のきれいな上《かみ》さんである自分の女房のことについてジルノルマン氏を妬《や》いていたので、従って彼をきらっていた。ジルノルマン氏は何事にも自分の鑑識に自ら感心していて、自分は至って機敏だと公言していた。次に彼の言い草を一つ紹介しよう。「実際|私《わし》は洞察力《どうさつりょく》を持ってるんだ。蚤《のみ》がちくりとやる場合には、どの女からその蚤がうつってきたか、りっぱに言いあてることができる。」彼が最もしばしば口にする言葉は、多感な男[#「多感な男」に傍点]というのと自然[#「自然」に傍点]というのだった。この第二の方の言葉は、現代使われてるような広大な意味でではなかった。そして彼は炉辺のちょっとした風刺のうちに独特な仕方でそれを※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]入《そうにゅう》していた。彼は言った。「自然は、あらゆるものを多少文明に持たせるため、おもしろい野蛮の雛形《ひながた》までも文明に与えている。ヨーロッパはアジアやアフリカの小形の見本を持っている。猫《ねこ》は客間の虎《とら》であり、蜥蜴《とかげ》はポケットの鰐《わに》である。オペラ座の踊り子たちは薔薇《ばら》のような野蛮女である。彼女らは男を食いはしないが、男の脛《すね》をかじっている。というよりも、魔術使いだ。男を牡蠣《かき》みたいにばかにして、貪《むさぼ》り食う。カリブ人は人を食ってその骨だけしか残さない、だが彼女らはその殻だけしか残さない。そういうのがわれわれの風俗だ。われわれの方はのみ下しはしないが、かみつくのだ。屠《ほふ》りはしないが、引っかくのだ。」
二 この主人にしてこの住居あり
彼はマレーのフィーユ・デュ・カルヴェール街六番地に住んでいた。自分の家であった。この家はその後こわされて建て直され、パリーの各街路の番地変更の時にやはりその番地も変えられ
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