とくり返した時には、力を失った彼の指は危うくピストルを落としかけた。本名を現わしたジョンドレットは、ルブラン氏を動かし得なかったが、マリユスを顛倒さした[#「顛倒さした」は底本では「転倒さした」]。ルブラン氏が知らないらしいそのテナルディエという名前を、マリユスはよく知っていた。そしてその名前は彼にとっていかなる意味を有するかを読者は思い出すだろう。その名前こそ、父の遺言のうちにしるされ、彼が常に心にいだいていたものである。彼はその名前を、頭の奥に、記憶の底に、また、「テナルディエという者予の生命を救いくれたり、もし予が子にして彼に出会わば、及ぶ限りの好意を彼に表すべし、」という神聖なる命令のうちに、常に納めていたのである。その名前こそ、読者の記憶するとおり、彼の心が帰依してるものの一つであった。彼はそれを父の名前といっしょにして崇拝していた。しかるに現在この男がテナルディエであろうとは! 長い間いたずらにさがしあぐんでいたモンフェルメイュの宿屋の主人であろうとは! 彼はついにその男を見いだしたが、それもいかにしてであったか。父を救った男は悪漢だったのである。マリユスが身をささげて仕えんと望んでいたその男は、怪物だったのである。このポンメルシー大佐を救ってくれた男は、今やある暴行を行なわんとしていた。マリユスにはその暴行がいかなる形式のものであるかまだ明らかにはわからなかったけれども、とにかく殺害らしく思われるものだった。しかもその暴行はだれに向かって加えられんとしているのか! ああ何たる宿命ぞ、いかに苦《にが》き運命の愚弄《ぐろう》ぞ! 父は柩《ひつぎ》の底から彼に、でき得る限りの好意をテナルディエにつくすよう命じていた、そして四年の間彼は、父に対するその負債《おいめ》を果たさんとの念しか持っていなかった。しかるに、警官をして罪悪の最中における悪漢を捕えさせんとする瞬間に当たって運命は彼に叫んだ。「その男こそテナリディエである!」ワーテルローの勇ましい戦場で弾丸の雨下する中に救われた父の生命に対して、その男に彼はついに何をむくいんとするのか、絞首台をもってむくいんとするのか。もしテナルディエを見いだすこともあったら、直ちに馳《は》せ寄ってその足下に身を投じようと、彼はかねて期していた。そして今実際彼を見いだしはしたが、しかしそれは彼を刑執行人の手に渡さんがためだっ
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