い始末じゃないかね。それに、繻子《しゅす》の外套《がいとう》、ビロードの帽子、半靴《はんぐつ》、それからいろいろなもの、身につけてるものばかりでも二百フランの上になるよ。まるでお姫様だね。いいえお前さんの見違いだよ。それに第一、彼女《あれ》は醜い顔だったが、今のはそんなに悪くもないじゃないか。全く悪い方じゃない。彼女《あれ》のはずはないよ。」
「いや大丈夫|彼女《あれ》だ。今にわかる。」
その疑念の余地のない断定を聞いて、女房は大きな赤ら顔を上げて、変な表情で天井を見上げた。その時マリユスには、亭主よりも彼女の方がはるかに恐ろしく思えた。それは牝虎《めとら》の目つきをした牝豚のようだった。
「ええッ!」と彼女は言った、「うちの娘どもを気の毒そうな目で見やがったあのきれいな嬢さんの畜生が、乞食娘《こじきむすめ》だって。ええあのどてっ腹を蹴破《けやぶ》ってでもやりたい!」
彼女は寝台から飛びおり、髪の毛を乱し、小鼻をふくらまし、口を半ば開け、手を後ろに伸ばして拳《こぶし》を握りしめ、しばらくじっと立っていた。それから、そのまま寝床の上に身を投げ出した。亭主の方は女房に気も留めずに、室《へや》の中を歩き回っていた。
しばらく沈黙の後、彼は女房の方へ近寄って、その前に立ち止まり、前の時のように両腕を組んだ。
「も一ついいことを聞かしてやろうか。」
「何だね。」と彼女は尋ねた。
彼は低い短い声で答えた。
「金蔵《かねぐら》ができたんだ。」
女房は「気が違ったんじゃないかしら」というような目つきで、じっと彼をながめた。
彼は続けて言った。
「畜生! 今まで長い間というもの、火がありゃ腹がへるしパンがありゃ凍えるってわけだった。もう貧乏は飽き飽きだ。俺《おれ》もみんなも首が回らなかったんだ。笑い事じゃねえ、冗談じゃねえ、くそおもしろくもねえや、狂言もおやめだ。へった腹にかき込んで、かわいた喉《のど》につぎ込むんだ。食い散らして眠って何にもしねえ。そろそろこちらの番になってきたんだ。くたばる前に一度は金持ちにもならなけりゃあね!」
彼は室《へや》をぐるりと一回りしてつけ加えた。
「ほかの奴《やつ》らのようにね。」
「いったい何のことだよ?」と女房は尋ねた。
彼は頭を振り、目をまばたき、何か述べ立てようとする大道香具師《だいどうやし》のように声を高めた。
「何のことか
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