刷りの版画が壁にかかっていた。その下の端には「夢」と大字で書かれていた。それは眠ってる女と子供とを描いたもので、子供は女の膝《ひざ》の上に眠っていて、一羽の鷲《わし》が嘴《くちばし》に王冠をくわえて雲の中を舞っており、女はなお眠ったまま子供の頭にその王冠のかぶさらないようにと払いのけていた。遠景には、栄光に包まれたナポレオンが、黄色い柱頭のついてる青い大きな円柱によりかかっていたが、その円柱には次の文字が刻まれていた、「マレンゴー、アウステルリッツ、イエナ、ワグラム、エロット。」
 その額縁の下の方には、長めの一種の鏡板が下に置かれて、斜めに壁に立てかけてあった。裏返された画面、おそらく向こう側に書きなぐってある額面か、あるいは壁から取りはずされてそのままはめ込むのが忘られた姿鏡のようでもあった。
 テーブルの上にはマリユスはペンとインキと紙とを認めたが、その前には、六十歳ばかりの男がすわっていた。男は背が低く、やせて、色を失い、荒々しく、狡猾《こうかつ》で残忍で落ち着かない様子であって、一言にして言えば嫌悪《けんお》すべき賤奴《せんど》だった。
 もしラヴァーテル([#ここから割り注]訳者注 人相学の開祖[#ここで割り注終わり])がその面相を見たならば、禿鷹《はげたか》と代言人との混同した相をそこに見いだしたであろう。肉食の鳥と訴訟の男とは、互いに醜くし合い互いに補い合って、訴訟の男は肉食の鳥を野卑にし、肉食の鳥は訴訟の男を恐ろしくなしていた。
 その男は長い半白の髯《ひげ》をはやしていた。女のシャツを着ていたが、そのために毛むくじゃらの胸と灰色の毛が逆立ってる裸の腕とが見えていた。そのシャツの下には、泥まみれのズボンが見え、また足指のはみ出た長靴《ながぐつ》も見えていた。
 彼は口にパイプをくわえ、それをくゆらしていた。部屋の中にはもう一片のパンもなかったが、それでも煙草《たばこ》だけはあった。
 彼は何か書いていたが、おそらくマリユスが先刻読んだような手紙であろう。
 テーブルの片端には、赤っぽい古い端本《はほん》が一冊見えていた。書籍縦覧所の古い十二折型の体裁から見ると、それは小説の本らしかった。表紙には太い大文字で次の書名が刷ってあった。「神、王、名誉、および婦人。デュクレー・デュミニル著。一八一四年。」
 物を書きながら男は大声に口をきいていた。マリユス
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