をつかんだ。
「まあ有り難い、」と彼女は言った、「太陽《おひさま》が照ってる!」
そしてあたかもその太陽が、彼女の頭の中の怪しい言葉の雪崩《なだれ》を解かす力でも持ってたかのように、彼女は言い続けた。
「五フラン! 光ってるわ、王様だわ、このでこの中にね。しめだわ。あなたは親切なねんこだわ。あたしあなたにぞっこんでよ。いいこと、どんたくだわ。二日の間は、灘《なだ》と肉とシチュー、たっぷりやって、それに気楽なごろだわ。」
そんな訳のわからぬことを言って、シャツを肩に引き上げ、マリユスにていねいにおじぎをし、それから手で親しげな合い図をし、そして扉《とびら》の方へ行きながら言った。
「さようなら。でもとにかく、あのお爺《じい》さんをさがしに行ってみよう。」
出がけに彼女は、ひからびたパンの外皮が戸棚の上の塵《ちり》の中にかびかかっているのを見つけて、それに飛びかかり、すぐにかじりつきながらつぶやいた。
「うまい、堅い、歯が欠けそうだ。」
それから彼女は出て行った。
五 運命ののぞき穴
マリユスはもう五年の間、貧困、欠乏、窮迫のうちに生きていた。しかし彼はまだ本当の悲惨を知らなかったことに気づいた。彼は本当の悲惨を今しがた見たのであった。彼の目の前を通って行ったあの悪鬼こそそれだったのだ。実際、男の悲惨のみを見たとて、まだ本当のものを見たとは言えない、女の悲惨を見なければいけない。女の悲惨のみを見たとてまだ本当のものを見たとは言えない、子供のそれを見なければいけない。
最後の困窮に達する時、男はまた同時に最後の手段に到着する。ただ彼の周囲の弱き者こそ災いである! 仕事、賃金、パン、火気、勇気、好意、すべてを男は同時に失う。外部に日の光が消えたようになる時、内部には精神の光が消える。その暗黒のうちにおいて彼は、弱い女や子供と顔を合わせる。そして彼らをしいて汚辱のうちにはいらせる。
その時こそ戦慄《せんりつ》すべきあらゆることが可能になる。絶望をかこむ囲壁はもろく、どこからでも直ちに悪徳や罪悪に通い得る。
健康、青春、名誉、うら若き肉身の初心なる聖《きよ》き羞恥《しゅうち》、情操、処女性、貞節など、すべて魂の表皮は、手段を講ずる模索によって、汚賤《おせん》に出会いそれになれゆく模索によって、悲惨なる加工を受くる。父、母、子供、兄弟、姉妹、男、女、
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