そう、」と彼女は言った、「これは弥撒《ミサ》へゆくお爺《じい》さんへやる手紙よ。ちょうど時間だわ。あたし持ってってこよう。朝御飯が食べられるだけのものをもらえるかも知れない。」
それから彼女は笑い出してつけ加えた。
「今日の朝御飯はあたしたちにとっては何だかあなたにわかって? 一昨日《おととい》の朝御飯と、一昨日の晩御飯と、昨日《きのう》の朝御飯と昨日の晩御飯と、それだけをみんないっしょに今朝《けさ》食べることになるのよ。かまやしない、お腹《なか》がはち切れるほど食べてやるわ。」
それでマリユスは、その不幸な娘が自分の所へ求めにきたものが何であったかを思い出した。
彼はチョッキの中を探ったが、何もなかった。
娘はしゃべり続けた。あたかもマリユスがそこにいるのも忘れてしまったがようだった。
「あたしはよく晩に出かけていくの。何度も帰ってこないこともあるわ。ここに来る前、去年の冬は、橋の下に住んでたのよ。冷え切ってしまわないように皆重なり合ってたわ。妹なんか泣いててよ。水ってほんとに悲しいものね。身を投げようかと思ったが、でもあまり寒そうだからといつも思い返したの。出かけたい時はすぐにひとりで出かけてよ。溝《みぞ》の中に寝ることもよくあるわ。夜中に街路《まち》を歩いてると、木が首切り台のように見えたり、大きい黒い家がノートル・ダームの塔のように見えたり、また白い壁が川のように見えるので、おや向こうに水があるって思うこともあるのよ。星がイリュミネーションの燈《あかり》のように見えて、ちょうど煙が出たり、風に吹き消されたりしてるようで、また耳の中に馬が息を吹き込んでるような気がしてびっくりするのよ。夜中なのに、バルバリーのオルガンの音だの、製糸工場の機械の音だの、何だかわからない種々なものが聞こえてよ。だれかが石をぶっつけるようなの、夢中に逃げ出すの、あたりがぐるぐる回り出すの、何もかも回り出すのよ。何にも食べないでいると、ほんとに変なものよ。」
そして彼女は我を忘れたようにマリユスをながめた。
マリユスは方々のポケットを探り回したあげく、ついに五フランと十六スーを集め得た。それが現在彼の持ってる全部だった。「まあこれで今日の夕食は食えるし、明日《あす》のことはどうにかなるだろう、」と彼は考えた。そして十六スーを取って置き、五フランを娘に与えた。
娘はその貨幣
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