見られる。
マリユスは思いに沈んで、彼女を勝手にさしておいた。
彼女はテーブルに近づいた。
「ああ、本が!」と彼女は言った。
彼女の曇った目はある光に輝いた。そしていかなる人の感情のうちにもある喜ばしい自慢の念をこめた調子で、彼女は言った。
「あたし読むことができるのよ。」
彼女はテーブルの上に開いてあった一冊の書物を元気よく取り上げて、かなりすらすらと読み下した。
[#ここから2字下げ]
……ボーデュアン将軍は、旅団の五大隊をもってウーゴモンの城を奪取すべしとの命令を受けぬ、城はワーテルロー平原……の
[#ここで字下げ終わり]
彼女は読むのを止めた。
「ああ、ワーテルロー、あたしそれを知ってるわ。昔の戦争ね。うちのお父《とう》さんも行ったのよ。お父さんは軍人だったのよ。うちの者はみなりっぱなボナパルト党だわ。ワーテルローって、イギリスと戦《いくさ》した所ね。」
彼女は書物を置いて、ペンを取り、そして叫んだ。
「それからまたあたし、書くこともできてよ。」
彼女はペンをインキの中に浸して、マリユスの方へ向いた。
「見たいの? ほら今字を書いて見せるわ。」
そしてマリユスが何か答える間もなく、彼女はテーブルのまん中にあった一枚の白紙へ書いた。
「いぬがいる[#「いぬがいる」に傍点]。」
それからペンを捨てた。
「字は違ってないでしょう。見て下さいよ。あたしたちは学問をしたのよ、妹もあたしも。前からこんなじゃなかったのよ。あたしたちだって……。」
そこで彼女は急に口をつぐんで、どんよりした瞳《ひとみ》をじっとマリユスの上に据え、そして笑い出しながら、あらゆる苦しみをあらゆる皮肉で押さえつけたような調子で言った。
「ふーん!」
そして快活な調子で次の文句を小声で歌い出した。
[#ここから4字下げ]
お腹《なか》がすいたわ、お父さん。
食う物がないよ。
身体《からだ》が寒いわ、お母さん。
着る物がないよ。
[#ここから6字下げ]
震えよ、
ロロット!
泣けよ。
ジャッコー!
[#ここで字下げ終わり]
そういう俗歌を歌い終わるが早いか彼女は叫んだ。
「マリユスさん、あなた時々芝居へ行って? あたし行くのよ。あたしには小さい弟があって、役者たちと友だちなので、時々切符をくれるの。でも向こう桟敷《さじき》はきらいよ。窮屈できたなくて、どうかすると乱暴
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