深そうな人々へ仮りの名前で手紙を書き、娘なんかどうなろうとかまわないほどのひどい状態にあるので、娘らに危険を冒して手紙を持って行かしてること。運命と賭事《かけごと》をし、娘らをその賭物としてること。また前日娘らが逃げ出しながら息を切らしおびえていた所を見、耳にしたあの変な言葉から察すると、おそらくふたりは何かよからぬことをしていたに違いないこと。そしてそれらのことから結論すると、この人間社会のまんなかにおいて、子供とも娘とも婦人ともつかないふたりの悲惨な者が、不潔なしかも罪のない怪物の一種が、困窮のために作り出されたこと。それをマリユスは了解した。
悲しむべき者ら、彼らには名前もなく、年齢もなく、雌雄《しゆう》の性もなく、彼らにとってはもはや善も悪も空名であって、幼年時代を過ぎるや既に世に一物をも所有せず、自由をも徳義をも責任をも有しない。昨日開いて今日ははや色あせたその魂は、往来に投げ捨てられ泥にしぼんでただ車輪にひかれるのを待つばかりの花のようなものである。
さはあれ、驚いた痛ましい目でマリユスが見守っているうちにも、若い娘は幽霊のように臆面《おくめん》もなく室《へや》の中を歩き回っていた。自分の肉体が露わであることなどは少しも気にしないで、室の中を騒ぎ回った。時とすると、破れ裂け取り乱したシャツはほとんど腰の所までたれ下がった。それでも彼女は、椅子《いす》を動かしたり、戸棚《とだな》の上にある化粧道具をかき回したり、マリユスの服にさわってみたりして、すみずみまで漁《あさ》り初めた。
「あら、」と彼女は言った、「鏡があるのね。」
そしてあたかも自分ひとりであるかのように、切れぎれの流行歌やばかな反唱句などを口ずさんだが、しわがれた喉音《こうおん》のためにそれも悲しげに響いた。しかしそういう厚顔の下にも、言い知れぬ気兼ねと不安と卑下とが見えていた。不作法は一つの恥である。
そういうふうに彼女が室《へや》の中を飛び回り、言わば日の光に驚きあるいは翼を折った小鳥のように飛んでるのを見るくらい、およそ世に痛ましいものはなかった。異なった教育と運命との下にあったならば、その若い娘の快活で自由な態度にも、おそらくある優しみと魅力とがあったであろう。動物のうちにあっては、鳩《はと》に生まれたものが鶚《みさご》と変わることは決してない。そういう変化はただ人間のうちにのみ
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