平気に現われてきて、文士ジャンフローもスペインの大尉も何ら異なるところがなかった。
この小秘密を解かんとつとめることは、まったくむだな骨折りだった。もしそれが拾い物でなかったら、単に人をからかうものとしか思われなかったろう。その上マリユスは悲しみのうちに沈んでいたので、偶然の悪戯《いたずら》を取り上げるだけの余裕もなく、街路の舗石《しきいし》が彼に試みたようなその遊びに心を向けるだけの余裕もなかった。あたかも四通の手紙の間の目隠し鬼になってからかわれてるような気がした。
またその手紙はマリユスが大通りで出会った二人の娘のものだということを示すものも、何もなかった。要するに何らの価値もない反故《ほぐ》にすぎないことは明らかだった。
マリユスは四つの手紙をまた包み紙に入れて、室《へや》の片すみになげすて、そして床についた。
翌朝七時ごろ、彼は起き上がって朝食をし、それから仕事にかかろうとした。その時静かに扉《とびら》をたたく者があった。
いったい彼は所持品と言っては何もなかったので、かつて、扉に錠をおろさなかった。ただ時として急ぎの仕事をしてる時は錠をおろすこともあったが、それもごくまれにしかなかった。また外出する時でさえ、鍵《かぎ》を錠前に差し込んだままにしておいた。「泥坊がはいりますよ、」とブーゴン婆さんはよく言った。「盗まれるものは何もありません、」とマリユスは答えていた。けれども実際、ある日|古靴《ふるぐつ》を一足盗まれたことがあって、ブーゴン婆さんの言ったとおりになった。
扉は再び初めのようにごく軽くたたかれた。
「おはいりなさい。」とマリユスは言った。
扉は開いた。
「何か用ですか、ブーゴン婆さん。」とマリユスはテーブルの上の書物と書き物とから目を離さないで言った。
するとブーゴン婆さんのでない別の声が答えた。
「ごめんなさい。あの……。」
その声は鈍く乱れしわがれ濁っていて、火酒《ウォッカ》や焼酎《しょうちゅう》で喉《のど》をつぶした老人のような声だった。
マリユスは急にふり返った。そこにはひとりの若い娘がいた。
四 困窮の中に咲ける薔薇《ばら》
まだうら若い娘がひとり、半ば開いた扉《とびら》の所に立っていた。光のさしこむ屋根裏の軒窓がちょうど扉と向き合ったところにあって、彼女の顔を青白い光で照らしていた。色の悪いやせ衰
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