して初まるのである。その上、この嫉妬の念を外にしても、そのかわいらしい脛《はぎ》を見ることは、彼にとっては少しも快いことではなかった。偶然出会う何でもない婦人の白い靴下《くつした》を見せられる方が、彼にとってはまだしもいやでなかったろう。
「彼のユルスュール」は、道の向こうの端まで行き、ルブラン氏とともに引き返してきて、マリユスが再び腰をおろしていたベンチの前を通った。その時マリユスは気むずかしい荒い一瞥《いちべつ》を彼女に与えた。若い娘はちょっと身を後ろにそらせるようにし、それとともに眼瞼《まぶた》を上の方に上げた。「まあどうなすったのだろう!」という意味だった。
それは彼らの「最初の争い」だった。
マリユスが目の叱責《しっせき》を彼女に与え終わるか終わらないうちに、一人の男がその道に現われた。それは腰の曲がったしわだらけな白髪の老廃兵で、ルイ十五世式の軍服をつけ、兵士のサン・ルイ会員章たる、組み合わした剣のついてる小さな楕円形《だえんけい》の赤ラシャを胴につけ、その上、上衣の片袖《かたそで》には中に腕がなく、頤《あご》には銀髯《ぎんぜん》がはえ、一方の足は義足だった。マリユスはその男の非常に満足げな様子がそれと見て取らるるような気がした。またその皮肉な老人が自分のそばをびっこひいて通りながら、ごく親しい愉快そうな目配せをしたように思えた。あたかも偶然にふたりは心を通じ合って、いっしょに何かうまいことを味わったとでも、自分に伝えてるらしく彼には思えた。その剣の端くれの老耄《おいぼれ》めが、いったい何でそう満足げにしてるのか。奴《やつ》の義足と娘の脛《はぎ》との間に何の関係があるか。マリユスは嫉妬の発作に襲われた。「彼奴《あいつ》もいたんだろう。あれを見たに違いない!」と彼は自ら言った。そして彼はその老廃兵をなきものにしたいとまで思った。
時がたつに従っていかなる尖端《きっさき》も鈍ってくる。「ユルスュール」に対するマリユスの憤りも、たとい正しいまた至当なものであったとしても、やがて過ぎ去ってしまった。彼はついにそれを許した。しかしそれには多大の努力を要し、三日の間というものは不平のうちに過ごした。
とは言うものの、そんなことのあったにもかかわらず、またそんなことがあったために、彼の情熱はますます高まって狂わんばかりになった。
九 日食
彼女
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