の後ろをふり返って見るのに彼は気づいた。そして心のうちに冷やりとして、逃げ出すか身を隠すかした。きっと自分の古い服を見て笑っているのだと彼は思った。しかし事実は、彼の様子のいいのを彼女らは見てあこがれてるのであった。
彼と通りがかりのきれいな娘らとの間のそういう暗黙の誤解から、彼は妙に頑《かたく》なになった。あらゆる女の前から逃げ出したので、結局彼はいずれの女かを選んでそれに近寄ろうとすることをしなかった。かくて彼はこれと定まりのない、クールフェーラックの言葉に従えば開けない、生活をしていたのである。
クールフェーラックはまた彼に言った。「そう聖人ぶろうとするなよ。(彼らはへだてのない言葉を使っていた。へだてのない言葉を使うのは青年の友情の特質である。)まあ僕の忠告でも聞けよ。そんなに書物ばかり読まないで、少しは女でも見てみろ。娘っ児も何かのためにはなるぜ、マリユス。逃げ出したり顔を赤くしたりしていると、ばかになっちまうぜ。」
またある時、クールフェーラックはマリユスに出会って言った。
「やあ今日は、牧師さん。」
クールフェーラックにそういうたぐいのことを言われると、その一週間ほどの間マリユスは、老若を問わず、いっさい女というものを前よりもいっそう避け、おまけにクールフェーラックをも避けた。
しかしながら広大な天地の間には、マリユスが逃げもしなければ恐れもしないふたりの女がいた。実を言うと、それでも女だと言われたら彼は非常に驚いたかも知れない。ひとりは彼の室《へや》を掃除《そうじ》してくれる髯《ひげ》のはえた婆さんだった。クールフェーラックをして、「女中が髯をはやしてるのを見てマリユスは自分の髯をはやさないんだ」と言わしめた、その婆さんだった。もひとりはある小娘で、彼はそれにしばしば出会ったがよく目を留めても見なかった。
もう一年以上も前からマリユスは、リュクサンブールの園のある寂しい道で、苗木栽培地《ペピニエール》の胸壁に沿った道で、ひとりの男とごく若い娘とを見かけた。ふたりはウエスト街の方に寄った最も寂しい道の片端に、いつも同じベンチの上に並んで腰掛けていた。自分の心のうちに目を向けて散歩している人によくあるように、別に何の気もなくほとんど毎日のように、マリユスはその道に歩み込んだ、そしてはいつもそこにふたりを見いだした。男は六十歳くらいかとも思われ
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