いゆえにあざけられ、貧しいゆえに冷笑されるのを、彼は感じた。いかめしい矜持《きょうじ》に胸のふくれ上がるのを覚ゆる青年時代において、彼は一度ならず穴のあいた自分の靴の上に目を落としては、困窮の不正なる恥辱と痛切なる赤面とを知った。それは驚くべき恐るべき試練であって、それを受くる時、弱き者は賤劣《せんれつ》となり強き者は崇高となる。運命があるいは賤夫をあるいは半神を得んと欲する時、人を投ずる坩堝《るつぼ》である。
 なぜなれば、かえって小さな奮闘のうちにこそ多くの偉大なる行為がなされる。窮乏と汚行との必然の侵入に対して、影のうちに一歩一歩身をまもる執拗《しつよう》な人知れぬ勇気があるものである。何人にも見られず、何らの誉れも報いられず、何らの歓呼のラッパにも迎えられぬ、気高い秘密な勝利があるものである。生活、不幸、孤立、放棄、貧困、などは皆一つの戦場であり、またその英雄がある。それは往々にして、高名なる英雄よりもなお偉大なる人知れぬ英雄である。
 堅実にして稀有《けう》なる性格がかくしてつくり出さるる。ほとんど常に残忍なる継母である困窮は時として真の母となる。窮乏は魂と精神との力を産み出す。窮迫は豪胆の乳母《うば》となる。不幸は大人物のためによき乳となる。
 苦しい生活のある場合には、マリユスは自ら階段を掃き、八百屋でブリーのチーズを一スーだけ買い、夕靄《ゆうもや》のおりるのを待ってパン屋へ行き、一片のパンをあがなって、あたかも盗みでもしたようにそれをひそかに自分の屋根部屋へ持ち帰ることもあった。時とすると、意地わるな女中らの間に肱《ひじ》で小突かれながら、片すみの肉屋にひそかにはいってゆく、ぎごちない青年の姿が見えることもあった。彼は小わきに書物を抱え、臆病《おくびょう》らしいまた気の立った様子をして、店にはいりながら汗のにじんだ額から帽子をぬぎ、あっけにとられてる肉屋の上《かみ》さんの前にうやうやしく頭を下げ、小僧の前にも一度頭を下げ、羊の肋肉《ろくにく》を一片求め、六、七スーの金を払い、肉を紙に包み、書物の間にはさんでわきに抱え、そして立ち去っていった。それはマリユスだった。彼はその肋肉を自ら煮、それで三日の飢えをしのぐのであった。
 初めの日は肉を食い、二日目はその脂《あぶら》を吸い、三日目にはその骨をねぶった。
 幾度も繰り返してジルノルマン伯母《おば》は、
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