sミサ》でもあすこで聞くと、一番よく思われます。なぜかって、それは今申します。あの席から私は、長年の間、きまって二、三カ月に一度は、ひとりのりっぱな気の毒な父親がやって来るのを見たのです。その人は自分の子供を見るのにそれ以外には機会も方法もありませんでした。家庭の都合上、子供に会うことができなかったのです。でいつも子供が弥撒に連れてこられる時間を計らって、その人はやってきました。子供の方は、父親がそこにいることは夢にも知りませんでした。おそらく父親があることさえも知らなかったでしょう。罪のないものです。父親は、人に見られないようにあの柱の後ろに隠れていました。そして子供を見ては涙を流していました。その子供を大変愛していたのです。かわいそうな人です。私はそのありさまを見たのです。そしてあの場所は、私にとっては聖《きよ》い場所となりまして、いつもそこで弥撒をきくことになったのです。私は理事として当然すわり得る理事席よりも、あの席の方が好ましいのです。また私は多少その不幸な人の身分を知っています。舅《しゅうと》と金持ちの伯母《おば》と、それから親戚もあったのでしょうが、とにかくその人たちは、父親が子供に会うなら子供に相続権を与えないとおどかしていたのです。でその人は、子供が他日金持ちになり仕合わせになるように、自分を犠牲にしていました。政治上の意見から遠ざけられたのです。なるほど政治上の意見も結構ですが、世には意見を意見だけに止めない人がいます。まあ、ワーテルローの戦いに加わったからと言って、それが悪魔だとは言えますまい。そういう理由で親と子供とをへだてるわけはありません。その人はボナパルトの下に大佐でした。もう死んだと思います。司祭をしてる私の兄と同じくヴェルノンに住んでいました。何でも、ポンマリーとかモンペルシーとか……言っていました。確か剣で切られた大きな傷痕《きずあと》がありました。」
「ポンメルシーではありませんか。」とマリユスは顔の色を変えて言った。
「さよう、さよう、ポンメルシーです。あなたもその人を知っていましたか。」
「ええ、」とマリユスは言った、「それは私の父です。」
 老理事は両手を組んで、叫んだ。
「え! あなたがその子供! なるほど、そうです、今ではもう大きくなっていられるはずです。まあどうでしょう、あなたを深く愛していたお父さんがいられたのです
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