れは実にあの大陸軍《グランド・アルメ》であったのである。
 有史いらい、かつて見なかった最高の勇武の、その惑乱、その恐慌、その滅落、それはゆえなくして起こったことであろうか? いや。上帝の巨大なる手の影はワーテルローの上に落とされていたのである。それは運命の一日であった。人間以上の力がその日を現出せしめたのであった。それゆえに、彼らの頭も恐怖のうちに屈したのである。それゆえに、彼らの偉大なる魂も剣をすてて降ったのである。全欧州を征服した人々も一敗地に塗《まみ》れて、何ら言葉を発する術《すべ》もなく、何らなすべき術《すべ》もなく、ただ影のうちに恐ろしきもののあるのを感じた。それは運命のしからしむるところであった[#「それは運命のしからしむるところであった」に傍点]。その日、人類の前景は変じた。ワーテルローは十九世紀の肱金《ひじがね》である。その偉人の消滅は、一大世紀の出現に必要であった。人の左右し得ざるある者がそれを支配した。英雄らの恐慌はそれで説明せらるる。ワーテルローの戦いのうちには、雲霧以上のものがあった。流星のごときものがあった。神が通過したもうたのである。
 夜の幕のおりる頃、
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