ジュナップの近くの野の中で、ベルナールとベルトランとは、考えにふけった荒々しい不気味な一人の男の外套の裾《すそ》をとらえて引き止めた。その男はそこまで壊走の波に押し流されてきて、馬から地上におり立ち、馬の手綱を小脇にはさみ、昏迷した目つきをして、ただ一人ワーテルローの方へ引き返さんとしていたのである。それはなお前進せんと試みてるナポレオンであった。崩壊した夢想をなお夢みてる偉大なる夢中遊行者であった。

     十四 最後の方陣

 近衛兵の数個の方陣は、流れの中の巌《いわお》のごとくに、壊走《かいそう》の中にふみ止まって、夜になるまで支持していた。夜はきたり、また死もきた。彼らはその二重の暗黒を待っていた。その包囲のうちに泰然と身を任した。各連隊は互いに孤立し、四方に寸断されてる全軍との連絡はなく、各自に最後を遂げていった。その最後の戦闘をなさんがために彼らは、あるいはロッソンムの高地の上に、あるいはモン・サン・ジャンの平地の中に、陣地を占めていた。見捨てられ、打ち敗られ、恐るべき様をしたそれら陰惨な方陣は、そこに驚くべき臨終を遂げた。ユルム、ヴァグラン、イエナ、フリーランは、その
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