トンは叫んだ、「起て[#「起て」に傍点]、近衛兵[#「近衛兵」に傍点]、正確にねらえ[#「正確にねらえ」に傍点]!」籬《まがき》の後ろに伏していたイギリス近衛兵の赤い連隊は立ち上がった。しのつくばかりの霰弾は、フランスの鷲の勇士のまわりに風にひるがえってる三色旗に雨注した。全軍は殺到し、無比の殺戮《さつりく》が初まった。皇帝の近衛兵らは、周囲に退却してゆく軍隊を、そして敗北の広漠たる動揺を、影のうちに感じた。皇帝万歳! の声が、逃げろ! の叫びに代わったのを、彼らは聞いた。そしてその逃亡を後ろにしながら、一歩ごとにますます雷撃を受け、ますます戦死しながら、前進を続けた。一人の逡巡《しゅんじゅん》する者もなく、一人の怯懦《きょうだ》な者もいなかった。その軍勢のうちにおいては、一兵卒といえども将軍と同じく英雄であった。自ら滅亡の淵《ふち》に身を投ずることを避けた者は一人もなかった。
熱狂したネーは、死に甘んずるの偉大さをもって、その颶風《ぐふう》のうちにあらゆる打撃に身をさらした。そこで彼の五度目の乗馬は倒れた。汗にまみれ、目は炎を発し、口角には泡《あわ》を立て、軍服のボタンは取れ、一方
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