晴《あっぱれ》!」
胸甲騎兵らは、十三の方陣の中七つを殲滅《せんめつ》し、六十門の砲をあるいは奪取しあるいは破壊し、イギリスの連隊旗六個を奪って、それを三人の胸甲騎兵と三人の近衛軽騎兵とがラ・ベル・アリアンスの農家の前にいる皇帝のもとに運んで行った。
ウェリントンの地位は険悪になっていた。その異常な戦いは、あたかもたけり立った二人の手負いの勇士の間における決闘のようだった。互いに闘《たたか》いなお抵抗しながら、その血潮をすべて失いつつある。両者のいずれが第一に倒れるであろうか。
高地の闘争は引き続いた。
どのくらいまで胸甲騎兵らはつき進んでいたか? だれもそれを語ることはできないであろう。ただ確実なことといえば、戦いの翌日、モン・サン・ジャンの馬車の積み荷計量台の素建《すだて》の中に、すなわち、ニヴェルとジュナップとラ・ユルプとブラッセルとの四つの道が出会って交差している所に、一人の胸甲騎兵とその馬とのたおれてるのが発見されたことだった。その騎兵はイギリスの戦線を突破したのだった。その死骸《しがい》を引き起こした人々の一人は、現になおモン・サン・ジャンに住んでいる。彼の名はドア
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