が見えなかった。彼らはただ人馬の潮の駆け上がって来る響きに耳を澄ましていた。その三千騎のしだいに高まる響きを、大速歩の馬の交互に均斉した蹄《ひづめ》の音を、甲冑《かっちゅう》の鳴る音を、剣の響きを、そして一種の荒々しい大きな息吹《いぶ》きの音を聞いていた。恐るべき一瞬の静寂が来ると、次に忽然《こつぜん》として、剣を高くふりかざし、腕の長い一列が高地の頂に現われ、兜《かぶと》とラッパと軍旗と、それから灰色の髯《ひげ》をはやした三千の頭が「皇帝万歳!」を叫びながら現われた。すべてそれらの騎兵は今や高地の上に出現し、あたかも地震の襲いきたったがようだった。
 と突然に、惨憺《さんたん》たる光景を呈した。イギリス軍の左方、フランス軍の方からいえば右方に当たって、胸甲騎兵の縦列の先頭は恐るべき叫びをあげて立ち上がった。方陣をも大砲をも殲滅《せんめつ》せんとする狂猛と疾駆とに駆られ熱狂して高地の頂点に達した胸甲騎兵は、彼らとイギリス兵との間に一つの溝《みぞ》を、一つの墓穴を見いだしたのである。それはオーアンからの凹路《おうろ》であった。
 それこそ恐怖すべき瞬間だった。峡谷が、意外にも、馬の足下に
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