修道院は――なぜならば、現社会において最も苦しむものは女であり、そしてこの修道院への遁世《とんせい》のうちには一の抗議が潜んでいるからして――女の修道院は、確かにある荘厳さを有している。
前に多少の輪郭を示しておいた厳格|陰鬱《いんうつ》なる修道生活、それは生命ではない、なぜならば自由ではないから。それは墳墓ではない、なぜならば完成ではないから。それは不思議なる一つの場所である。高山の頂から見るように人はそこから、一方には現世の深淵《しんえん》をながめ、他方には彼世の深淵をながめる。それは二つの世界を分かってる狭い霧深い一つの境界で、両世界のために明るくされるとともにまた暗くされ、生の弱い光と死の茫漠《ぼうばく》たる光とが入り交じっている。それは墳墓の薄明である。
それらの女の信ずるところを信じてはいないがしかし彼女らのごとく信仰によって生きている吾人をして言わしむれば、吾人は一種の宗教的なやさしい恐怖の情なしには、羨望《せんぼう》の念に満ちた一種の憐憫《れんびん》の情なしには、彼女らをながむることができないのである。震え戦《おのの》きながらしかも信じ切っているそれらの身をささげた
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