あるクールタン夫人とシャトーヴィユー伯爵夫人とは、なお足りないように思った。「祭壇のきわめておごそかなる秘蹟」に対してなされた冒涜は、たとい一時的のものではあったとしても、二人の聖《きよ》い魂から去らないで、ある童貞女らの修道院において「常住礼拝」をしなければ贖《あがな》われるものではないように思われた。それで一人は一六五二年に、一人は一六五三年に、ベネディクト修道女でサン・サクルマンという教名を持ってるカトリーヌ・ド・バール長老に莫大《ばくだい》な金額を寄贈して、その敬虔《けいけん》な目的のために聖ベネディクト派の一修道院を設立させようとした。その設立に対する第一の許可は、サン・ジェルマンの修道院長メース氏によってカトリーヌ・ド・バール長老へ交付された。「現金六千フランにして年三百フランの定期納金を有せざる娘は入会せしめざるの規約において」であった。サン・ジェルマンの修道院長の後に、国王は特許の宸翰《しんかん》を下した。そして修道院長の許可状と国王の宸翰との全体は会計院と議政府とにおいて一六五四年に認可された。
 以上が、パリーのサン・サクルマンの常任礼拝ベネディクト修道女会が設立さ
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