サルスよりきたりぬ。さらば爾《なんじ》は神を見ざりしか? 神は十字の木の上に居たまいぬ、足をたれ手を釘《つ》けられ、白き荊棘《いばら》の小さき冠を頭にかぶりて居たまいぬ。夕に之を三度唱え朝にこれを三度唱うる者は、終《つい》に天国に至らん。」
この特殊な祈祷は一八二七年には、三度重ねて塗られた胡粉《ごふん》のために壁から消えてしまっていた。当時の若い娘らも今はもはや年老いて、それを忘れてしまっていることだろう。
壁に釘付《くぎづ》けにされた大きな十字架像が、食堂の装飾を補っていた。食堂のただ一つの扉《とびら》は前に述べたと思うが、庭の方に開いていた。木の腰掛けが両側についてる狭いテーブルが二つ、食堂の一方から他の端まで二列の長い平行線に置かれていた。壁は白く、テーブルは黒かった。それらの二つの喪色のみが、修道院に許される唯一の色彩である。食事は粗末なもので、子供の食べるものでさえ厳重だった。肉と野菜を交ぜたものかまたは塩|肴《さかな》かの一皿、それでさえ御馳走《ごちそう》だった。そして寄宿生だけのその簡単な常食も、実は例外なものだった。子供らは週番の長老の監視の下に黙って食事をした。
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