えなくなる時には、腕を十字に組み顔を床《ゆか》につけて、腹ばいに平伏する。それが唯一の緩和である。そういう姿勢で、世のあらゆる罪人のために彼女は祈る。それは実に荘厳とも言えるほどに偉大である。
かかることが、上に大|蝋燭《ろうそく》の一本ともっている柱の前で行なわれる時、全く区別なくあるいは贖罪[#「贖罪」に傍点]をなすとも言われあるいは柱に[#「柱に」に傍点]就《つ》く[#「く」に傍点]とも言われる。けれども第二の言い方は、苦行と卑下との意味を多く含んでいるので、修道女らが謙譲の心からして好んで口にするところのものである。
贖罪をなす[#「贖罪をなす」に傍点]ことは、全心をこめた一つの勤めである。柱に就いた修道女は、背後に雷が落ちようともふり返りもしない。
そのほかになお、聖体の前には常にひざまずいている修道女が一人いる。その時間は一時間としてある。彼女らは上番する兵士のように規律正しく交代する。そこに常住礼拝がある。
院長や長老たちは、たいていきまって特に重々しい響きの名前を持っている。それは聖者や殉教者らに関連した名前ではないが、イエス・キリストの生涯《しょうがい》の各時
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