五 床に落ちた五フラン銀貨の響き
サン・メダール教会堂の近くに一人の貧しい男がいた。彼はいつもそこの廃《すた》れた共同井戸の縁にうずくまっていたが、ジャン・ヴァルジャンはよく彼に施しをしてやった。その前を通る時は、たいてい幾スーかの金を恵んでいた。時には言葉をかけることもあった。うらやむ者たちはその乞食《こじき》を警察の者[#「警察の者」に傍点]だと言っていた。それはもう七十五歳にもなる年取った寺男で、絶えず口の中で祈祷《きとう》の文句を繰り返していた。
ある晩、コゼットを連れないで一人でそこを通った時ジャン・ヴァルジャンは、その乞食がいつもの場所に、今ついたばかりの街燈の下にいるのを認めた。その男は例のとおり、何か祈祷をしているようなふうで身をかがめていた。ジャン・ヴァルジャンはそこに歩み寄って、いつもの施与《ほどこし》を手に握らしてやった。乞食は突然目を上げて、じっとジャン・ヴァルジャンの顔を見つめ、それから急に頭をたれた。その動作は電光のようだった。ジャン・ヴァルジャンはぞっと身を震わした。街燈の光でちらと見たその顔は、老寺男の平和な信心深い顔ではなくて、恐ろしい見知
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