べての感じと考えとは、そのお爺《じい》さんを愛し初めたのだった。彼女はかつて知らなかった気持を覚えた、花が開くような一種の心地を。
 お爺さんはもう彼女には年老いてるとも貧しいとも思えなかった。彼女の目にはジャン・ヴァルジャンは美しかった、ちょうどその物置きのような室《へや》がきれいと思われたように。
 それは曙《あけぼの》と幼年と青春と喜悦との作用である。そして新たな土地と生活も多少それを助ける。陋屋《ろうおく》の上に映ずる美しき幸福の影ほど快いものはない。人はみな楽しい幻の室を生涯《しょうがい》に一度は持つものである。
 自然は五十年の歳月のへだたりをもって、ジャン・ヴァルジャンとコゼットとの間に深い溝渠《みぞ》を置いていた。しかし運命はその溝渠を埋めてしまった。年齢において異なり不幸において相似たる二つの根こぎにされた生涯は、運命のためににわかに一つ所に持ちきたされ、不可抗の力をもって結合させられた。そして両者は互いに補い合った。コゼットの本能は父をさがし求め、ジャン・ヴァルジャンの本能は一つの子供をさがし求めていた。互いに出会うことは、互いに見いだすことであった。彼らの二つの手
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