マとはそのことを忘れないで、めいめい自分の靴を片方ずつ暖炉の中に置いていたのである。
 男は身をかがめてのぞいてみた。
 親切なお爺さんは、すなわち母親は、既にやってきたと見えて、両方の靴の中にはそれぞれ、新しいりっぱな十スー銀貨が光っていた。
 男は立ち上がって去ろうとした。その時彼は、炉の奥の方の暗いすみっこの影に、も一つ何かがあるのを認めた。よく見るとそれは木靴だった。ぶかっこうな醜い木靴で、半ばこわれかかっていて、かわいた泥と灰とにまみれていた。コゼットの木靴だった。コゼットはいくらだまされても決して気を落とさない子供心のいじらしい信頼で、暖炉の中に自分も木靴を置いたのであった。
 絶望のほかは何事も知らなかった子供のうちにもなお残っているその希望こそ、崇高なまた優しいものではないか。
 その木靴の中には何にもはいっていなかった。
 男は胴着の中をさぐり、身をかがめ、コゼットの木靴の中にルイ金貨を一つ入れた。
 それから彼は抜き足して自分の室《へや》へ戻った。

     九 テナルディエの策略

 翌朝少なくとも夜明けより二時間ぐらい前に、テナルディエは酒場の天井の低い広間で
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