ていることがあるものである。テナルディエのうちにはある不可解なものがあった。彼がその女房の上に絶対の力を有することは、そこからきたのである。ある時は、彼女は彼を燃えている蝋燭《ろうそく》のようにうちながめ、またある時は、彼を恐ろしい爪のように感じていた。
 彼女は恐るべき動物で、自分の子供をしか愛せず、自分の夫をしか恐れていなかった。彼女はただ哺乳動物《ほにゅうどうぶつ》であるから母親になったまでである。その上、彼女の母親としての情愛もただ自分の女の児に対してだけで、いずれ後に述べるであろうが、男の児にまでは広がらなかった。それから亭主の方ではただ一つの考えしか持っていなかった。すなわち金持ちになるということ。
 しかし彼はその点には成功しなかった。その偉大なる才能に足るだけの舞台がなかったのである。テナルディエはモンフェルメイュにおいて零落しつつあった。もし零落ということが無財産にも可能であるならば。これがスウィスかピレネー地方ででもあったら、この無一文の男も百万長者になったかも知れない。しかし宿屋の亭主では一向うだつがあがらない。
 もとよりここでは、宿屋の亭主[#「宿屋の亭主」に
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